エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 いつのまにか唇は離れていた。
 清司郎が迷うように口を開く。

「千春、俺は……」

 ——でもその時。
 ニャーゴ!
 窓のすぐ外から唸るような声が上がる。
 夢から覚めたようにハッとして、千春は窓へ視線を移す。
 
「……?」

「……猫だな」

 忌々しそうな清司郎の呟きを聞いたその瞬間、千春はほとんど反射的に立ち上がった。

「あのっ……! わわわ私……! み、み、見てくるね!」

 それだけ言って、慌てて部屋を後にする。

「あ! おい待てよ。千春、外へは出るな」

 背中で彼の声を聞いたけれど、振り返ることはできなかった。
 チラシを握りしめたまま、千春は足早に自分の部屋を目指す。そして離れに続く渡り廊下まで来て、ようやく足を止めた。
 少しひんやりとした空気が火照った頬に心地よかった。
 頭がジンジンとして身体が熱い。自分に起こったことがまだ理解できなくて、信じられなかった。
 どうしてそうなったのか、なぜ彼はそうしたのか、まったくなにもわからない。
 ひとつだけわかるのは、千春が彼を好きだということ。もう随分前から、好きだったのだということだけだった。
 千春は胸に両手をあてる。
 心が、動きはじめるのを感じていた。
 好きなこと、嫌いなこと。
 やりたいこと、やりたくないこと。
 今までは、すべての感情を凍らせて見ないようにして生きてきた。そうすることでしか自分を守ることができなかったから。
 その心が、また動きだそうとしている。
 ほかでもない清司郎の存在が、千春にそうさせている。

「清君……」

 胸の両手をギュッと握りしめて、千春は小さく呟いた。
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