エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
 そもそも千春は今までほとんど人と関わってこなかった。極端に閉ざされた世界の中で、看護師以外の誰とも会話しない日も多かったから、声を出すこと自体が苦手なのだ。
 相手は子供だとはいえ、たくさん人がいる中で大きな声で絵本を読み聞かせるということ自体、ハードルの高いことだった。
 致命的だ、と千春は思う。
 倉橋は、はじめは皆こんなものよ、と言ってくれてはいるが、いくら練習しても上達しない。子供たちの前に出られるのはいつになることやら、といった状態だ。
 でも千春は諦めたくなかった。
 生まれてはじめて、自分からやりたいと思ったことなのだ。しかも以前とは違って、それをやっていい環境にある。
 これは千春の人生において、奇跡のようなことなのだ。
 簡単に諦められるわけがない。

「読み聞かせ、あまりうまくできないの。練習はたくさんしているんだけど、人がいるとうまくいかなくて……倉橋さんから、家族か誰か気の許せる人に練習に付き合ってもらったらってアドバイスをしてもらって……」

 その倉橋のアドバイスに、真っ先に頭に浮かんだのは、やはり清司郎だった。
 千春には気の許せる血の繋がった家族はいない。
 清司郎は本当の意味での家族だとは言い難いが、千春が一番安心できる相手だというのは確かだった。
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