エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 彼はなに食わぬ顔でバスルームへ行ってしまったが、私にとってはどれも重大な出来事。

 あんなふうに柔和な表情をして触れられたら……女性がどんな気持ちになるかってわかっていないんだろうか。いや、私を女性として見ていないってことか。

 ときめきとがっかりと、いろんな感情がめまぐるしい。

「ふう」と息を吐いて気持ちを切り替え、私はキッチンに入った。

 自分ひとりの夕食だったから、玄米ご飯と野菜やきのこがたっぷり入った味噌汁で済ませた。
 文くんの食欲次第ではあるけれど、男の人だし肉も食べたほうが疲労回復に繋がるよね。あとはクエン酸をなにかで……。

 冷蔵庫にあるものを思い出しながら、結局レモン汁を使った酢の物をプラスし、玄米ご飯も肉巻きおにぎりにして用意した。
 十数分後、文くんがシャワーから戻ってくるなり、キッチンへやってきた。

「めちゃくちゃいい匂い」
「そう? っていうことは、少し食欲戻ってきたのかな? ちょうど今できたから、座ってて」

 文くんを見たら、さっきと比べてさっぱりした顔をしている。
 私はほっとして、フライパンから肉巻きおにぎりを取り出して皿に盛りつけた。あとはダイニングテーブルに運ぶだけ。

 まずは箸を持ってキッチンを出たら、後ろから文くんも皿を持ってついてくる。順にダイニングテーブルに置き終えた時、ぽつりと謝られた。

「あのさ。シャワー浴びて頭冴えて我に返った……ごめん。こんな時間までミイを使って」
「えっ。いいよ全然、このくらい! タダで住まわせてもらってるし、なにかお返ししないと気兼ねしちゃうもん」

 大体、事の発端は私だし、口が裂けても言えないけれど下心がないって否定もできないし……。もちろん、下心と言っても文くんと本当にどうこうなれるかもだなんて思わない。
 ただ少しの間、これまでとは違う関係を経験したくて。

 自分勝手な感情に胸の内で自嘲しつつ、表には出さずに言葉を続けた。

「それにね。どういう経緯でも一緒に暮らしてたらやっぱり……家族みたいに思うから。心配くらいさせて」

 この気持ちに偽りはない。

 目を丸くしていた文くんは、次の瞬間ふわりと笑った。
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