エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 二日経っても、彼のスマートフォンのディスプレイが見えた衝撃は忘れられないし、後遺症みたいに胸の奥にじくじくした痛みが残ってる。

 昨日結城さんからのメールで、【迎えに来てくれた彼、素敵な人でしたね】なんて、明るいノリで〝もしかして恋人……?〟という雰囲気を醸し出されたけど、浮かれる余裕すら持てなくて、あっさりと【彼は幼なじみで兄のような人です】と返すにとどまった。

 ひとりきりの部屋でため息を吐いたり頭を押さえたり、天井を仰いでみたりとしてみても、あの嫌な感覚は払拭できず、仕事もままならない。
 部屋の中を見回して、小さく肩を落とした。

 このデスクも布団も部屋自体、私は一時借りてるだけで、私のものにはならない。
 わかっていたのにショックを受けているのは、その先に誰かのものになるとまで想像していなかったから。

 この間、アプリ上で女性から連絡がきていたのを目の当たりにして、そういう未来がありありと浮かんだ。

 私ではなく、私の知らない女性といつかは一緒になる。

 昔はまだ私も文くんも若くてそういうイメージは漠然としていた。でも今は……。

 彼は三十二歳。いよいよ結婚が現実味を帯びてくる年頃だ。現状ではまだ考えていないって言っても、数か月先、数年先にどう考え方が変化するかわからない。
 その時までに、私はちゃんと気持ちを整理して前を向いていなきゃならないんだ。

 気づけば両手に力が入っていた。パッと手を緩めると、じっとりとした汗を握っている。

 私は気分転換をするべく、パソコンを閉じて椅子から立った。
 その足で廊下に出て掃除機を片手にリビングへ向かう。

 とにかく気持ちをすっきりさせるために、家じゅうを綺麗にする。実家でもそうだった。

 今日は通常の掃除よりも丁寧にやろうと決めて、まずはダイニングの照明から次は窓を……その後、テレビ周りに手を付けた。

 テレビボードを拭く流れで引き出しを少し開く。
 ふいに引き出しの中に無造作に乗せられた台紙が目に留まった。
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