エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
「ミイ……?」

 怪訝な声色で名前を呼ばれ、即顔を上げた。

 目の前にいるのは、スーツ姿の文くんで、肩を上下させてものすごく息が上がってるのがわかる。

「ど……して」
「バカ野郎! それはこっちのセリフだ。こんなに暗い中、こんなところでひとりでなにしてるんだ!」

 ものすごい剣幕で捲し立てられ、私は完全に委縮する。

 文くんがこんなに怒ることなんかない。
 私は身を竦めて震える指先を握り締める。

「ご……ごめ――」

 刹那、勢いよく腕を引かれ、抱きしめられた。
 突然の出来事に理解が追い付かない。瞬きも忘れて文くんの胸の中で固まる。

「すごい心配した……無事でよかった」

 さらにぎゅうっと力を込められた。

 彼の腕の中で息苦しさを感じるのも初めだけ。あとは私の背中に腕を回して離さない彼に胸が高鳴っていった。

 まだなにが起きているか気持ちが追い付いていない中、旋毛に触れた彼の唇が小さく言葉を紡いでいく。

「家に帰ったらいるはずのミイがいなくて、部屋を見れば荷物がなにもかもなくなってた。ミイのスマホに電話すれば、着信音は玄関のシューズボックスの上から聞こえてくるし」
「えっ」
「ほら」

 腕を緩めた文くんが、ポケットから出したのは紛れもなく私のスマートフォン。

 私、慌てて出てきたせいで忘れてきたんだ。しかも、忘れた事実すらも今の今まで気付かなかった。

 スマートフォンをそっと受け取る。ロック画面には文くんの名前で不在着信が残ってる。

「ちゃんと説明して」

 厳しい声音で追及され、なにも言えずに俯いた。

 ちゃんと……って。
 本当の理由をそのまま伝えたら…… 優しい彼はずっと私に対して負い目を感じ続けるかもしれない。

 そもそも私が文くんに想いを寄せていたにもかかわらず、彼の厚意に甘えて契約結婚の案に乗ったなんて知ったらどう思われるか。

 ……ううん。それでもやっぱり文くんは決して軽蔑したりしない。
 私の分まで責任を感じるはず。

 だから、彼が自分をひとつも責める理由がない方向へ話を持っていくしかない。
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