エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
「……め……なさい」

 目線を落とし、消え入る声で謝った。すると、文くんはおもむろに腕を離し、今度は優しく両肩に手を乗せる。

「どうしてそんな嘘を言った?」

 私は俯いたまま唇をきゅっと引き結ぶ。

『どうして』なんて、とてもひとことじゃ説明しきれない。

 けれど、さっきとは違って私を労わるような手の重み、温もりに、堰止めていたいろんな感情が溢れ出す。決壊した今、抑えがきかない。
 気付けば鼻がつんと痛み、ボロボロと涙が零れ落ちる。

 ふいに文くんが呟く。

「二回目だな。大人になってからの涙を見るのは」
「え……」

 思わず顔を上げると、彼は柔和な表情を浮かべていて、折り曲げた人差し指で私の涙を掬った。

「一回目は俺が愚痴を零してしまった時。ミイは背中を見せてたけど、あれは泣いてたよな。ごめん。あの時すぐに謝れなくて」

 気づかれていたんだと驚くも、すかさず首を横に振る。
 文くんは私の反応を受け、クスッと小さく笑った。

「ミイは昔から我慢強いから滅多に泣かないって知ってる。なのに、大人になった今、短期間で俺の前で二度もってなると」
「……え?」

 話の途中で熱を孕んだ眼差しに当てられ、しどろもどろになる。

 ずっと見続けてきたけれど、こういう……情熱的な、男性的な表情を向けられたことはない。

 心臓が早鐘を打つ。
 微かに触れ合っている身体のどこもかしこも脈打ってると感じるくらい、全身でドキドキしている。

 濡れた瞳に映し出される彼は、ちょっと照れくさそうに目を逸らした。

「さすがにちょっと……意識する」

 瞬間、私は頭で考えるよりも先に、右手が動く。
 彼の腕にそっと指を乗せ、『またこっちを見て』と乞うように見つめて言う。

「いいの。だってずっと意識してほしいと思ってた。涙が出ちゃうのも嘘ついたのも全部……好きだから。文くんを、男の人として」

 感極まって本音を全部口にした。伝えてすっきりしたと思う反面、この沈黙が長くて不安が過る。

 どうか、変に距離を取ったり困った顔だけは見せないで。

 もうこうなってしまったら、受け入れてくれなくてもいいから今だけ受け止めてほしい。

 祈る気持ちで文くんのコートを握り続ける。次の瞬間。
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