エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
「よかった。俺の都合のいい思い込みかと思ってた」
「よかった……って」

 なにがなんだかわからないまま口にすると、彼は柔和に微笑んだ。

「気付いてないの? 一緒に出掛けたり家で過ごしたりしている時のミイは、やたら可愛い反応みせるし、時折こっちまでドキッとするような……」

 可愛いって、ドキッとするって、そんなの私の方が……。現に今も……。

 視線を一度も逸らさずジッと文くんを見つめる。突如、彼の大きい手のひらが頬に添えられた。

「そう。その目。本当、俺の心をかき乱して……いつの間にそんなに大人になったんだよ」
「ひゃっ」

 彼は言うや否や私の腰引き寄せる。

 なにがなんだか理解が追い付かないうちに、文くんはぎゅっと私を抱きしめていた。

「――澪」

 首筋で聞こえた低い声に反応し、心臓が大きな音を立てた。

 愛称ではなく『澪』と呼ばれたのは、この間迎えに来てくれた時以来。

 ちょっとの違いなのに。親にもそう呼ばれていて、耳馴染みはある呼び方のはずなのに……。
 なぜこんなにも、彼がすることはすべてが特別になるんだろう。

 胸が甘く締めつけられている最中、文くんは腕を緩めて指を絡ませた。

「行こう」

 そう言った彼は、マンションとは逆の方向へ足を向けた。

「え? どこへ……」

 私が尋ねると文くんは止まって、胸ポケットを探り始めた。首を傾げて黙って待っていたら、しわしわの婚姻届を見せられる。

「これを提出しに」

 予想外の答えに目を剥いた。
 驚倒する私はなにも言えず固まる。文くんは婚姻届に視線を落として苦笑した。

「俺たちの結婚、本当にしようか。なんか……順番がめちゃくちゃなのはわかってるけど」

 彼はそう零した後に、ちらっと私を見やる。

「俺、ミイが他の男のとこに行くって考えたら、なんとも言えない気持ちになったんだ。兄の立場として応援して背中押してやればいいだけのことだって言い聞かせても……この短期間のミイのいろんな顔が浮かんできて消えない」
「私……?」
「俺なりに何度も冷静になって考えたよ。だけどこれは、どう考えても幼なじみとか妹とか……家族以上に抱く感情だ」

 眉尻を下げて力なく笑う彼に、どう返せばいいかわからない。
 茫然と口を開けたまま、文くんを見上げる。
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