エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 昨夜の澪の顔が何度も脳裏に浮かんでは浮き立ってしまう。

 今日は土曜で一応休日ではあるが、いつ呼び出されるかわからないため、遠出を提案することもできない。
 澪に話をして謝ったら、彼女はケロッとして『家で過ごすのも好きだから』と笑った。

 初めは俺に気を遣って無理をしているのだと思っていたのだが、その日を一緒に過ごしていてそうではないとわかった。

 朝食後はふたりで掃除や片付けをして、昼までは互いに仕事をしようと決めて、昼食を協力して作る。
 午後からはその時の気分で観たいと思った映画をテレビで見て、終わった後はなにげない会話を交わし、最後は夕食のメニューの話題になった。

 俺がちょっと電話に時間を取られていた際も、澪は静かにソファの隅で本を読み耽っていた。
 その光景を見て、瞬時に蘇る。

 小学校低学年の頃の澪は、いつもそうやって夕陽を背に読書していた。

 よくよく考えたら、彼女の両親も医師と看護師だ。今でこそ開業医だから時間の融通はきくのだろう。
 でも昔は俺と同じ勤務医で激務で、小さい澪がいつもひとりだった。澪はこういうことに慣れているんだ。

「あ、電話大丈夫だった? 行かなくても平気?」
「ん。大丈夫」
「そっか。患者さん何事もなくてよかったね」

 邪気のない笑顔の澪を見て、俺は隣に座って衝動的に抱きしめた。彼女の細い首筋に鼻先を埋め、ぎゅっと腕に力を込める。
 その状態で少し経った後、澪は俺の後頭部を優しく撫でた。

「……文くんって、本当は甘えたなの?」
「いや。俺、甘えたいんじゃなくて甘やかしたいみたい」
「えっ?」

 澪の手が止まる。彼女がどぎまぎしているのを感じて、俺は小さな肩に乗せていた顔を離し、彼女の目をまっすぐ見て言った。

「ミイ限定で」
「な、なに? きゅっ、急に……びっくりする。私はずっとみんなに……文くんにも甘やかされてたと思ってるよ。そろそろちゃんとしなきゃ――」

 鈴を転がすような声を出す愛らしい唇に吸い寄せられる。触れそうになる直前、理性が働きピタッと止まった。
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