外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


 これは見てはいけないものを見てしまった。

 そう思ったときには一目散にその場から逃げ、気がつけばエレベーターホールに駆け込んでいた。

 ちょうどいいタイミングで到着していたエレベーターに飛び乗る。


 なんだ、いい人いるんじゃないですか。


 昨晩の楽しい時間が幻だったかのような切ない感情が押し寄せたのは、ほんの一瞬のこと。

 だって、〝もう二度と会うこともない〟人だ。

 感情を揺さぶられる必要なんてない。

 ただ、楽しかった時間だけを綺麗な形で思い出にして仕舞う。

 余計なことは考えない。それでいい。

 だけど、そこまで自分でよくわかっているのに、なぜだか心に靄がかかっている。

 何かから逃げるような形で出国し、お金を渡せず帰ってしまったことに気づいたのはジェット機が空の上に上がってからだった。


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