外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
両家両親の勧めで、私と大河内さんはふたりきりで席を外すことになった。
個室を揃って出て、小上がりで草履を履こうとしたところで足下を見る視線の先にすっと手を差し出された。
「あっ……」
「足下、気をつけて」
相変わらずの紳士ぶりで、やっぱりあのときモルディブで出会ったあの大河内さんなのだと実感する。
「すみません」と素直に厚意を受け取り、大きな手を取った。
草履を履くと、どちらからともなく触れた手は離れていく。
「あのっ……」
流れる沈黙に耐えきれず、中庭に続く廊下で先に声を上げる。
数歩先を歩く大河内さんは、ちらりと一度こちらを振り返ったものの、口元に薄ら笑みを浮かべるだけ。黙ったまま先を歩いていく。
まるで私が何を言おうとしているのかお見通しのような表情で、思わず身構えてしまった。
「ここの庭園、とても美しいようですよ」
苔と飛び石の道を、大河内さんのあとに続いてゆったりと歩いていく。奥から『コンッ』とししおどしの音が響いてきた。