外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


 モルディブから帰国したその晩、私は現地で連絡を取り合うために交換した大河内さんの連絡先をトークアプリから削除していた。

 もう連絡を取ることもない。

 盗難にあったカメラもきっと見つかる望みは薄いし、何かあれば正式な書類上の連絡先に一報があるだろうと。

 削除という行動の後押しをしたのは、モルディブを出国する間際に見てしまったあの逢瀬もある。

 靄がかかったような気持ちを晴らすために、スマートフォンを開けば目についてしまう彼との記録を消し去った。


「すみません。えっと、それは、なんといいますか……」


 だけど、大使館を訪れて女性と抱き合っているところを見てしまったことは言い出せない。

 結果的に覗き見なんて悪趣味なことをしてしまったのだ。


「もう、会うこともないって、あの時話していましたし、私も帰国に際して気持ちの整理のためといいますか……」


 理由になっているような、なっていないような、曖昧な言い方になってしまう。

 でも、今の言い方に偽りはない。

 この先、交わることのない人生だと思っていた。

 大河内さんとのことは、モルディブでの綺麗な思い出として完結させたのだ。

 あの逢瀬も、見なかったことにして……。

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