外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「この辺りでいいか?」
「あ、うん。ありがとう」
ぼんやりしているうち、お願いしていた外務省前の通りで車が停車する。
そそくさと車を降り、歩道から助手席のパワーウィンドウ前に立った。
「わざわざありがとう。ごめんね」
「ああ、気を付けて」
「七央もね」
軽く手を振り「じゃ」と一歩踏み出したところで、「美鈴」と呼び止められる。
足を止め車の中を覗くと、七央がじっとこっちを見つめていた。
「幸せになれよ」
思わぬ言葉をかけられ、すぐに反応ができなかった。
ハッと我に返ったように笑みを浮かべ、「うん」と頷いてみせる。
私の返事を聞いた七央はほんの少し口角を上げ、「またな」と車を出した。
去っていく車を立ち止まったまま見送りながら、小さく息をつく。
お互いを子どもの頃から知っている間柄。
だからこそ、七央からかけられるそんな言葉は私にとっては感慨深い。
「幸せに、か……」
呟きと共に見上げた頭上には、桜の花が八分咲き。外務省前は桜並木になっていて、満開が近いその道には、桜を見物しながら歩く人が行き交っていた。
今日も持ち歩いているカメラを手に取り、ファインダー越しに桜を見上げる。
撮りたいと思った桜の姿を収めながら歩みを進めた。
「嘉門さん」
「あっ……」