外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


「ああ、例の話の」

「はい。あ、でも、奥さんも一緒で。今日、モルディブのお土産を届けに行ってたんです。それで、これから夜勤に出かける奥さんを職場に送り届けるついでに、私も一緒にそこまで。彼女、帝慶(ていけい)医科大学病院で助産師をしてるんです」

「そうですか……」


 事細かく説明したわりには、大河内さんからの反応は簡潔。

 すでに嫌な気分にさせてしまったのだろうか。

 いや、それとも特になんの関心もないのかもしれないと思い直す。


 桜並木をゆっくりと並んで歩きながらひとり悶々としていると、となりから「嘉門さん」と呼びかけられた。


「交友関係に関して、特に口を出す気はありません。でも、一応今後は人目というものを気にしていただきたい」

「人目、ですか」

「ええ。あなたはこれから私の妻となるわけです。妻が夫ではない男の車から降りてくるのを第三者が見かけたら、あまりいいものではないと思いませんか?」

「あ……確かに、そうですね」


 そんな光景を目撃すれば、私たちの結婚を知っている相手であれば浮気と思うに違いない。


「こんな場所なら尚の事。あなたの顔を知る人間もこれから増えるでしょうから」


 外務省の前なら、大河内さんと一緒に働く人も多くいる。

 そんな場所で取る行動ではないことに気づくのが遅すぎる自分にゾッとして言葉を失った。

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