外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「気にしないでって……そういうわけには」
「あなたと私は、じきに結婚するんです。今は婚約者という立場なんですから、私はあなたに一切の支払いをさせるつもりはありません」
理由と共にきっぱりとお断りされてしまい、それ以上食い付けなくなる。
結婚、婚約者──。今更ながらそんなフレーズについ動揺した。
「わかりましたか?」
黙ってしまった私に、大河内さんは微笑みかける。
そういうものなのかな、いいのかな、そんな思いを抱きながら「わかり、ました……」と渋々口にする。
私の返事を聞いた大河内さんは「よろしい」なんて、ちょっとふざけた口調で言ってみせた。
「まだ、婚約をしたという実感がないのはわかります。私が婚約者だという意識も薄いのでしょうね。無理もないです」
そう言った大河内さんは、となりを歩く私へすっと手を差し出す。
「……?」
「どうぞ。手でも繋ぎましょう」
「えっ」
「そんなに驚くことではないでしょう」
足を止めてしまった私をふっと笑い、大河内さんは自分側の私の手を取る。
掴んだ手は指を交互にして繋がれ、引かれるような形で再び歩きだした。
手を繋いで歩くと思っていなかった私の鼓動は、途端に大きな音を立て主張し始める。