外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


「これでいいでしょうか」


 ペンを置いた私の横から大河内さんが紙を取る。書類をざっと見た彼は「うん」と小さく頷いた。


「良さそうですね。では、婚姻届はこれで完成ということで。提出はどうしましょうか。一緒に行きますか? 特にこだわりがなければ、明日にでも出しておきますが」

「あ……特に、こだわりはないです」

「わかりました。では、明日提出しておきます」


 事務処理をするような速さで事が運び、なんだか拍子抜けする。

 これで本当に、大河内さんとは夫婦という関係になるのだ。あまりに実感が湧かず、思わずふふっと笑いが込み上げた。


「なんか、やっぱり全然実感湧かないですね。これで、大河内さんが私の旦那様になるとか、よくわからないです」

「そうですね。確かにそう思います」

「あの、ひとつ提案なんですけど。一応これから夫婦となるわけですし、大河内さんがその丁寧な敬語を私に使うのは、やめにしませんか? 私のほうが年下ですし」


 他人行儀に感じる理由のひとつとして、大河内さんの話し方があると思う。

 そこを崩してもらえれば、少しは結婚したという、彼が夫だという実感が湧きそうだ。

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