外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


 モルディブで空き巣被害にあったカメラは、未だに発見されたという連絡は来ていない。

 帰国後、目まぐるしく変わる自分の日常に、少し忘れていたくらいだった。

 晶さんだって状況は私と変わらないのに、気にかけてくれたことが嬉しくなる。

 中野ブロードウェイ近くに店を構える『タマキカメラ』は、開業五十年近くになる老舗カメラ専門店。

 約十五年前、私が初めてカメラを買い求めたお店だ。

 全国チェーンのカメラ屋や、家電量販店のカメラ売り場のような派手な雰囲気は一切なく、親しみやすい街に馴染んだどこかレトロな店構え。

 高級カメラや外国製の珍しいものから、メジャーなカメラ、初心者向けのものまで幅広く取り揃えている。

 カメラの知識ゼロでこの世界に飛び込んだときからフリーになった今も、かなりお世話になっている贔屓の店だ。


「おおー、美鈴ちゃん、久しぶり。いらっしゃい」

「こんにちは。ご無沙汰してます」


 お店を訪れると、店主の玉置さんが迎えてくれる。

 高校一年からお店に通い始めた私は、玉置さんにとって『美鈴ちゃん』と呼んでもらえるような古い客。

 出会った当時、まだ五十歳になったばかりだった玉置さんも、今では白髪が様になる歳を迎えた。

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