外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「美鈴!?」
名前を呼ばれた気がしたけれど、足を止めることはできなかった。
逃げるようにフランス大使公邸を出て、すぐ目の前で捕まえられたタクシーに乗り込んだ。
やっぱり、晶さんはあの女性と親密な関係にあるんだ。
そのことがこんなにショックだなんて、訳ありの結婚を決断したときは想像もしなかった。
もともと、お互いのプライベートには干渉しないという約束で一緒になったのだ。
それは、誰とどんな関係を築いていようと、口を出さないということだって含まれる。
それなのに、晶さんのことを想ってしまった今の私には、それが辛く悲しい。
晶さんが私の気持ちを知ったら、きっと煩わしいと思うだろう。
「降ってきましたね。予報通りだ」
運転手のそんな呟きを聞いた直後、フロントガラスに大粒の雨が叩きつけるように降り注ぎ始めた。
今日は夕方から雨予報で、ところにより強い雨が降るとテレビの天気予報で伝えていた。
ガラスの向こうは一気に濡れた世界に変わり、次第に強さを増す豪雨は窓ガラスの向こうを見えなくする勢いだ。
タクシーはマンションに到着すると、降車時に濡れないようにエントランス前の車寄せまでつけてくれる。
支払いを済ませタクシーを降りると、私の降りたタクシーのすぐ後ろにもう一台のタクシーが乗り付けた。