外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「美鈴」
気にせずエントランスを目指して歩き出したところで後方から名前を呼ばれ、どきんと心臓が跳ね上がった。
どうして、晶さんが?
訳がわからないまま振り返った先に見えたのは、タクシーを降車してきた晶さんの姿。その姿を目にして、私の足は咄嗟に小走りを始める。
「美鈴!」
切羽詰まったような晶さんの声が耳に届き、気づけばエントランスには入らず車寄せを越え、敷地外を目指して走っていた。
屋根がなくなった途端、雨粒に一気に襲われる。
どうして、なんのために逃げているのだろう。
それすら自分でもわからないのに、なぜか必死に晶さんから逃げている。
「美鈴、待って」
逃げきれるはずもなく、背後から腕を取られて足が止められる。
「話をしよう。何か誤解しているだろ」
「離してください」
掴まれた手を振りほどこうとしても、強く握られた手は離れない。
一向に弱まらない雨は、私たちを容赦なく打ちつけ濡らしていく。
「私のことは……もう、いいですから」
「何がいいんだ」
顔も見せない私を振り向かせるように、晶さんが掴んでいる手首を強引に引く。
あっという間に晶さんの腕の中に収まり、その拍子に手荷物が地面に落ちてしまった。