外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


 もしかしたら晶さんが来てくれるかもしれない。定時で仕事が終わっていればもう病院に到着している頃だ。だけど、やっぱり今晩も残業なのだろう。

 昼間、テレビの中に晶さんを見つけて、物凄く遠い存在のような感覚に陥った。

 初めての出産でも、ひとりで産むことになるかもしれない。私が好きになった人は、世界を股に掛ける多忙な人だから──。

 寂しさに打ち勝ち、ひとりでも立派に出産できたと晶さんに会えたら報告しよう。

 心に強くそう決めた、そんなときだった。


「美鈴──」


 愛しい人の声が私の耳に届いた。ベッドの上で、求めるように声の先に顔を向ける。

 そこには、看護師に案内されて足早にベッドに歩み寄る晶さんの姿があった。

 今朝仕事に出ていったときと同じ、ブラックのスリーピースにドット柄のネクタイ。仕事後、直行で向かってくれたに違いない。


「美鈴、大丈夫か」


 晶さんは分娩室に入ってくるなり、私の両手を自分の両手で包み込んでくれる。

 いつもと変わらない温かさに、あっという間に目に涙が浮かんだ。


「晶、さん……お仕事は」

「大丈夫だ。何も問題ない。間に合ってよかった」


 晶さんが駆けつけてくれたのもつかの間、再び痛みが強く襲い掛かってくる。

 呻き声と荒い呼吸を繰り返す私のそばに寄り添い、晶さんは強く手を握ってくれる。


「美鈴、頑張れ、美鈴──」


 晶さんの声に何度も名前を呼ばれ励まされる中で、元気に響き渡る産声をはっきりと耳にした。

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