外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


「ご旅行ですか?」


 突然なんの前振りもなく質問をされ、「えっ」と素っ頓狂な声で反応してしまう。


「あ、私は、仕事で滞在中で……」


 そう答えると、男性の視線が私が肩にかけているカメラバッグに注がれる。そして、「カメラ……」と呟くように言った。


「そうなんです。これでも一応カメラマンやってまして」

「カメラマン。それは素敵な仕事に就かれている」


 出会ってから終始クールな表情を見せていた男性の表情に、わずかに柔らかな笑みが浮かぶ。

 不覚にもその顔にどきりとしてしまい、誤魔化すように「いえいえ、そんなことは」とお世辞に首を横に振った。


「治安は悪くない国だと思いますが、女性のひとり歩きはいつでも気をつけてください」

「はい、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げた私に向かって再びを微笑した男性は、「では」と踵を返してその場を立ち去っていく。

 その姿を見送っていると、数歩歩いたところで彼が振り返った。


「ここ、私の同僚も美味しいと気に入っているお店です。チキングリルのホットサンドが絶品だそうですよ」


 思わぬ情報にワンテンポ遅れて「ホットサンド……!」と返す。

 そのときには男性は前に向き直り、私は突っ立ったまま遠ざかる背中を眺めていた。

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