外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


「美鈴、ちょっとは焦る気持ちはないの?」

「何、焦る気持ちって。どうして私が焦らなくちゃいけないの?」

「もう三十歳目前で、周りは既婚者ばかりになってるでしょ」


 また始まった。この話が始まると、この後の流れはもう読める。

 玄関を目前にして、つい「ハァ」とため息が漏れ出た。手に持ってきたダウンジャケットの袖に腕を突っ込む。


「結婚はスタートラインでしかない。妊娠出産、育児だってあるのに、年齢を重ねれば重ねるほど大変なのは自分なのよ? でしょ?」


 言うであろう台詞を先読みして口にして振り返ると、母はハッとしたように目を大きくする。

 言い負かしたところでちょうどパンプスに足先を突っ込み、玄関にまとめて置いておいたキャリーバッグを手に取った。

< 4 / 254 >

この作品をシェア

pagetop