外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「美鈴、ちょっとは焦る気持ちはないの?」
「何、焦る気持ちって。どうして私が焦らなくちゃいけないの?」
「もう三十歳目前で、周りは既婚者ばかりになってるでしょ」
また始まった。この話が始まると、この後の流れはもう読める。
玄関を目前にして、つい「ハァ」とため息が漏れ出た。手に持ってきたダウンジャケットの袖に腕を突っ込む。
「結婚はスタートラインでしかない。妊娠出産、育児だってあるのに、年齢を重ねれば重ねるほど大変なのは自分なのよ? でしょ?」
言うであろう台詞を先読みして口にして振り返ると、母はハッとしたように目を大きくする。
言い負かしたところでちょうどパンプスに足先を突っ込み、玄関にまとめて置いておいたキャリーバッグを手に取った。