外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~


「やっぱり……またその話か」


 ため息混じりにそう言った私に、電話の向こうの母は『またって!』と声を張る。


『帰国したらすぐの予定で段取ってもらうから、次は逃げられないわよ』

「もう勘弁してよ。私にだって都合と気持ちの問題があるんだから」

『美鈴の都合と気持ちの準備を待ってたら、私たちあなたのドレス姿も孫も見られないわよ』


 そう言われると反論する言葉に詰まる。

 私だけの気持ちを主張するのなら、結婚や出産だけが女の幸せではないと思っている。

 だけど、やはり両親にとっては、娘の花嫁姿を見ることや孫を抱くことは、夢であり幸せなのかもしれない。

 だけど……。


『とにかく、帰国したら一度お見合いの席があるということ、忘れないでね』

「…………」


 どうしても〝わかった〟とは返答できず、黙り込む。

 そんな私を電話の向こうの母は優しい声で『美鈴』と呼んだ。


『じゃ、仕事頑張ってね』

「ありがと」


 通話が終わり、耳元からスマートフォンを離す。

 思わず「はぁ」と深いため息が出てきていた。

< 59 / 254 >

この作品をシェア

pagetop