外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「では……」
大河内さんは黒いレザー製のブリーフケースから、カバンと同じ黒い革製の名刺ケースを取り出す。
そこから一枚名刺を抜き出し、裏面にささっと走り書きを残すと、そのメモを私へと差し出した。
「気が向いたら連絡してください」
「はい……ありがとうございます」
大河内……晶さん。
下の名前は晶さんっていうんだ。
「お仕事の都合もあるかと思いますし、無理のない範囲で」
「わかりました」
約束を無理に取り付けない辺りが紳士だし、大人の余裕を感じる。
名刺を受け取りバッグにしまったところで、タクシーが宿泊中のホテルの前に停車した。
「今日は、ありがとうございました」
タクシーを降車し、開いたままのドアに振り返りお礼を口にする。
「こちらこそ。貴重な話を聞かせていただきありがとうございました」
「いえ!」
「カメラ、何か進展がありましたら連絡させていただきます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ドアが閉まり、大河内さんは私へと小さく頭を下げる。
タクシーはすぐに発車し、前の道路を走っていった。
予想もしない展開だったけど、なんか、楽しい時間だったな。
曲がっていくタクシーを見つめながら、そんなことを思っていた。