外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
レストランを出ると外は夜の闇にすっかり呑まれていた。
到着したときは点灯していなかった足もとのライトアップが、島まで真っすぐ伸びるジェティを幻想的に浮かび上がらせている。
「わがままを言って、遅くまでお付き合いいただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。少しは気晴らしになりましたか」
「はい。でも、楽しい時間はあっという間ですね。帰りたくないな……」
答えながら、再び心の中はどんよりと曇り空が広がっていく。
ここを渡り切ってしまえば、あとは帰るだけ。
その現実を前にして、無意識のうちに歩みが止まっていた。
何かに引き留められるように立ち止まった私に合わせ、手を引く大河内さんも足を止める。
私たちの沈黙の間を、生温かくも心地のいい潮風が緩やかにふいていった。
「あ、ごめんなさい。帰りたくない気持ちでつい足が」
「それなら、帰るのやめますか」
唐突な大河内さんの言葉にとなりの彼を見上げる。
「え……帰るのをやめるって──」
不意に繋いでいた手をくいっと引かれ、覚束ない足がよろける。
ふわりと笑みを浮かべた大河内さんは、静止したままの私の耳元へと近づいた。
「俺も、まだ帰りたくないと思ったので」