外交官と仮面夫婦を営みます~赤ちゃんを宿した熱情一夜~
「行きましょうか」
「え、あっ、はい」
すっと手を差し出され、私のほうも深く考えずその手を取る。
一体どこに行くのだろうと思いながら建物を出、白いタイルで舗装された小道を歩いていく。
ところどころ足もとが照らされる道は、色とりどりの南国の草花が生い茂る。左手には一定の感覚で別の小道が現れ、大河内さんは四個目の小道を左に折れた。
その先で大河内さんが足を止めたのは、ヴィラの入り口に間違いない扉の前。
片手で私の手を握ったまま、部屋のドアを解錠した。
「大河内さん、あの、まさかここに」
「真に受けてもらって構わないと言ったはずですが。でも、今ならまだ拒否権はありますよ。最終便にも間に合う」
「え、いや……」
「何も難しく悩むことはないはずです。あなたと俺は、もう二度と会うこともない。嫌なら突き飛ばして逃げても、この先気まずいこともないはずですから」
違う、そうじゃない。まさかこの場所で、大河内さんとこのあとの時間を過ごすことになる展開なんてまったく考えもしていなかった。
だから、今はただただ驚いているだけ。
拒否権──ここに入るということは、彼の誘いに同意したという返事になる。
でも、そんなことを考えるよりも、今言われた言葉が頭の中を占拠する。
もう、二度と会うこともない──。