過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「……久々莉さん……」

え?
途切れ途切れ聞こえてくる言葉の中によく知った名前を聞き取ってしまい、思わず手を留めた。彼は極力小声で話していたけど、聞き間違いではないと思う。
電話の相手が久々莉かもと思うと居てもたってもいられず、「ちょっと出てくる」と真由子に言づけて急いで拓斗の後を追った。

どうやら彼は、数メートル先にあるエレベーター脇のスペースに向かったようだ。
そっと近づいて柱の陰に身を潜める。だめだとわかっているのに、聞き耳を立ててしまう自分を止められそうにない。

「……そう。それは安心ですね」

拓斗の口調はビジネスモードのように聞こえるが、ふたりが会っている場面を目撃したせいか、必ずしも堅苦しくは聞こえない。

「……はい。それで、久々莉さんはいつ帰ってきてくれるんすか?」

やはり、聞き間違いではなかった。相手は、私のかつての上司である久々莉で間違いない。

拓斗はどうして彼女を名前で呼ぶのだろうか?
これが〝梶原さん〟と言ったのなら、そこまで気にならなかっただろう。いくら私が彼女を名前で呼んでいたとしても、拓斗までそう呼ぶには違和感がある。
それに、帰ってきてくれるとは一体どういうことなのか?
会話の流れからすると、拓斗と久々莉が知り合いだったとしか思えない。

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