過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
このまま何も知らないふりをするのなら、それを拓斗にも周りにも悟られてはいけない。
彼の口から真実を聞きたいという思いは、まったくないと言ったらうそになる。でもそれ以上に、今の立場を、拓斗の妻でいられる現状を失いたくないと強く思ってしまった。

信じた人から裏切られるのは耐えられない。大切にしてもらった経験をした私は、ここでひとりにされたらどうしてよいのかもうわからない。
自身に〝何も聞いてない〟と暗示をかけるように繰り返し思いながら、家路を急いだ。


「ただいま」

私の帰宅から数時間して、拓斗が帰ってきた。彼の目をまっすぐに見られなくて、ほかごとをしてごまかしてしまう。

「おかえりなさい」

いかにも手が離せない様子を装って、火にかけたフライパンに向かう。違和感なんてないはず。こんな光景は幾度となく目にしているはずだから、訝しく思われはしないだろう。

「もう少ししたら、仕上がるので」
「ありがとう」

気づかない間に近づいて来た拓斗に背後からふわりと抱きしめられて、手にしていた菜箸を落としそうになってしまった。驚きでビクリと肩を揺らした私に、拓斗が耳元でくすりと笑いを零す。

「ごめん、驚かせたな。いつもありがとう。着替えてくる」

私の反応を待たずにするりと髪をなでた拓斗は、そのままリビングを出ていった。
どんな表情をするのが正解だったのか。その答えを出せないまま、落ち着かない胸元をぐっと押さえた。

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