過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「なあ、美香。もう一回付き合おうって。春乃にはバレないように、うまくやるからさ」

これ以上聞いていられなかった。

「そんなの、できるわけない。私にそのつもりは少しもないわ。悪いけど帰らせてもらうから」

今度は腕を掴むなんてさせない。密かに握っておいたお札を叩きつけるようにテーブルに置くと、素早く身をひるがえした。


逃げるように駆けていく中、時折振り返るも朔也が追いかけてくる様子はない。それにほっとして前を向いた私の視界は、涙で滲み続けていた。


好きだった人の残念な姿を見せられた悲しみ、裏切られた悔しさ、やるせなさ。それから、そんな不誠実な相手に突き付けられた話に、動揺してしまった自身の情けなさ。拓斗を信じきれないでいる不安定な気持ち。
様々な感情が入り乱れて、頭の中は混乱していた。



今すぐどこかへ逃げ出してしまいたいのに、今度こそ任された仕事を投げ出すなんてできない。
ここまで一緒に頑張ってきた真由子や、米沢ら社員の顔が浮かんでくる。

個人的な気持ちで逃げ出すなど許されない。彼らはフェリーチェの人間とは違って、私を受け入れて認めてくれた。そんな人たちに迷惑をかけるなんて絶対にだめだ。
せめて明日の撮影だけはきちんとやりとげて、後はそれから考えればいい。

私の帰るところはやっぱり拓斗のマンションしかなくて、それがとにかく心細かった。彼がいなければ、仕事も住むところもなくなってしまう。すっかり拓斗に依存していたようだ。

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