過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「それじゃあ、こちらにお願いしますね」

大きな鏡の前の椅子へ促されて、恐る恐る歩みを進める。
ドレスのデザイナーだったとはいえ、着るのには慣れていない。思わず心の中で『踏まないように、傷つけないように』と呟きながら、慎重に近づいていく。

「もう、美香ったら。もう少し堂々と歩かないと格好がつかないわ」
「いきなりは無理よ。それに、写真に動きは必要ないんだからいいのよ」

幸せな花嫁の、裏の苦労を知ってしまった気がする。とにかく、ほんの少し腕を動かすだけでも気を遣うのだ。

「じゃあ、仕上がった後に少しだけ歩く練習よ」
「必要ないから」

必死に歩いているときに話しかけないで欲しい。気が散ってしまう。
やっとの思いで椅子に座ると、思わず「はあ」と息を吐き出した。居合わせた全員の苦笑が聞こえてきそうだ。

「だめだからね。写真が捉えるのはほんの一瞬の場面にすぎないけど、こういうのはそこへ行きつくまでの過程が大事なんだから。顔の部分はぼやけるとはいえ、雰囲気作りも仕事のうちよ」
「そういうもの?」

納得しそうになってしまったが、これも私を気遣ったやりとりなのだろう。少しでも緊張を和らげようとしているのか、もしくは経験者のならではの思わず出た言葉かもしれない。

「そうよ。私、さっきカメラマンさんと話してたときに頼まれたもの。花嫁さんの幸せそうな雰囲気づくりに協力してくれって」

初対面のカメラマンさんより、気心の知れた仲間と過ごした方が当然私もリラックスできるからそう言われたのだろう。だとしたら、真由子の言葉にちゃんと従った方がよさそうだ。

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