過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
何か言わなくてはと思うものの、そもそもこの人は〝拓斗〟でよいのだろうかと、名前でつまずいてしまう。うかつに呼びかけられず、ひたすら彼を見つめるしかない。

あれ? そうすると、拓斗はなぜ私を『美香』と呼んだのだろう。偽名を使ったとは思わなかったのだろうか。
知り合った女を思わぬところで見かけて声をかけたにしても、彼には〝美香〟が私の本名であるなどわからないはずなのに。もし違っていれば、ここにいる社員は彼の勘違いか他人の空似と思うぐらいか。

まっすぐに見据えてくる拓斗は無言ではあるものの、無条件に合わせろと言っているようにも見えた。

「美香。会えてよかった」

目の前まで来ると、拓斗は感じの良い笑みを浮かべた。

よかった? 一夜の関係でしかない女との再会を安堵する理由がわからない。これは何か周囲に向けたアピールだろうか。

困惑する私をよそに、拓斗はフランス語でジゼルに声をかけている。その姿を訝しげに見つめつつ、会話に耳を傾けた。
どうやらこれから休憩に入るのなら、その間私を連れ出してよいかを尋ねているらしい。それに対してジゼルは、どうぞどうぞとでも言うようににこやかに促している。ついでに、多少遅れてもかまわないとも。これはいろいろと勘繰られてそうだ。

「よかった。美香、少し出るよ」

人目がある中、さっと手を取る拓斗を振り払うこともできず、されるがままオフィスを後にした。

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