過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
仕事を終えると身支度を整えて、急ぎ足で待ち合わせ場所へ向かった。

「ごめんね、待たせちゃった?」
「いや、さっき着いたところだよ」

予約しておいたレストランに到着したのは時間通りだったが、朔也はすでに席に着いていた。彼はにこやかに私を迎えると、とりあえず飲み物を頼もうとメニューを差し出してくれる。

「それで、今日はなんだった? ああ、何もなくても呼び出してくれてかまわないんだけど」

運ばれてきたドリンクで喉を潤すと、朔也がおどけたように言った。こういう軽い雰囲気を作ってくれると、切り出しにくい話もずいぶんしやすくなる。

「実はね……私、一年間、パリに行こうと思うの」

さすがに予想外の話だったのだろう。それに緊張も相まって、いささか言葉不足過ぎて必要な情報が伝わっていない。

朔也は目を見開いて驚いた顔をした。その表情を目にした途端に、ひと言も相談せずに決めてしまったことが今さらながらうしろめたくなってきた。
焦って、つい弁解めいたように矢継ぎ早に言葉を並べてしまう。

「あ、あのね、会社の方針で、若手のデザイナーの育成を目的とした研修があるの。一年間パリで学ぶもので、久々莉さんが私を推薦してくれて。それで……」

この話を聞いて、朔也がどう感じるのか。本人を目の前にしたら、ひとりの時は少しも感じなかった恐怖に襲われて、思わず手をぎゅっと握りしめた。

さすがに酷かったかもしれない。自分の中に、朔也なら「仕方がないなあ」と苦笑しながらも許してくれるという思い込みがあったのは事実だ。これまで彼は、何度もそうやって私を甘やかしてくれたから。

でも、もしこれが逆の立場だったら許せただろうか?
もちろん、彼の夢なら応援した。けれど、決めてしまう前にひと言ぐらい声をかけてくれたらよかったのにとか、どうして勝手に決めてしまうのと、身勝手にもなじっていたかもしれない。

進路を決めるのは自分自身だとわかっている。それでも大きな決断を下すのなら、親しくしている相手に事前に話をするのは当然だった。
デザインの話になると、途端に周りが目に入らなくなってしまうのは私の悪い癖だと自覚しているが、それを理由に片づけてしまうのはあまりに不誠実すぎた。

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