過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「ありがとう」

隙間から顔を覗かせた途端、私に向けて柔らかくほほ笑む拓斗に一瞬目を奪われた。

「あっ、い、いえ。えっと……どんなご用で?」

部屋に上げるべきかどうか悩みながら、とりあえず要件を尋ねる。

「美香が心配で」
「心配?」
「ああ。話は聞いた」

チラリと室内に視線を走らせたところを見ると、上げるように催促しているのだろうか。彼の表情を注意深く見つめた。

「荷物をまとめていたのか?」

おそらく、拓斗が聞いたというのは、朔也がフェリーチェに入れたクレームの話だろう。もはや、知られているという現実に対する驚きはあまりない。
玄関から見える範囲には、まだ荷造りした痕跡はそれほどないはずだ。それでもそう聞いてきたのだから、彼はさらに私が謹慎中であるとか帰国予定だとも知っているのだろう。

しかし、どこからその情報が漏れたのかが気になるところだ。
まあそれも、これまで同様に教えてはくれないと思ってしまうのは、私が神山拓斗という人物の行動パターンを理解しつつあるのかもしれない。

「ええ……ちょっと散らかってて申し訳ないですけど、上がりますか?」

心配そうにしている彼を見ていたら、自然とそう勧めていた。もちろん、玄関先で話していれば近所迷惑になるという配慮もあるし、近場のカフェまですら出かける気が起こらないのもある。

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