過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「正直なところ、この国で新しい生活を始めるとか、田舎に帰ってしまうのもありかなって、投げ出したくもなります。デザインを描くのは、どこでだってできますから」

そう。趣味程度になったとしても、描くだけならどこでだって可能だ。わざわざ心が苦しくなる場所に固執する必要はない。
ただ、それが〝ウエディングドレス〟という具体的な形になるかどうかは別だが。

乾いた笑いをしてみせても、拓斗は合わせてくれなかった。私以上に苦しげな顔をしている彼は、一体何を考えているのだろう。どこか思いつめているようにも見える。

けれど次の瞬間、拓斗は何か決意を固めたように口を開いた。

「どうせ今の生活を投げ出すのなら、俺に人生を預けてみないか?」
「え?」

人生を預けるとは、もしかして先日提案された結婚を指しているのだろうか。

「信じていた人に裏切られ、まともに言い分も聞いてもらえないまま疑われ……限界じゃないのか?」
「それは……」

彼の言う通り、私はとっくに限界を迎えているのかもしれない。
その証拠に、指摘された途端に涙が頬を伝い始めた。

「美香」

立ち上がった拓斗は素早く私に近づくと、少しのためらいもなく抱きしめてきた。
他人のぬくもりがこれほど安心させてくれるなんて、初めて感じたかもしれない。弱り切った今の私に、彼の温かさはあまりにも優しすぎる。


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