過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
「あ、あの、こんな高価なお店で買うわけには……」

拓斗は揃えてくれると言っていたけど、個人的なものを買ってもらうのは何か違う。それに自分で買うにしても、ここの商品は簡単に払える金額ではない。

「これまで着ていたものは、パリでずいぶん処分してただろ?」

たしかにその通りだ。荷物を減らしたいのもあったが、若干やけになっていたのも否めない。

買わないようにどう言い訳をしようか。失礼にならない遠慮の仕方は……と考え込んでいるうちに距離を縮めてきた拓斗は、おもむろに顔を近づけて私の耳元で囁く。

「美香は俺の奥さんになったんだ。俺が着飾らせたい」

ドキリとしてすかさず耳を押さえた。
たしかに、私の立場は〝奥さん〟で間違いない。
近すぎる距離と不意打ちに囁かれた慣れない言葉に、思わずドキドキしてしまう。おまけに着飾らせたいだなんて甘い声で言われたら、なんだかいろいろと勘違いしてしまいそうだ。
言われるまま試着をし、結局拓斗と店員の選ぶまま数点購入してもらう結果になってしまった。

その後も彼は何かと私のものを見て回った。
プライベートもなく仕事三昧だと話していた通り、彼の部屋には一人分の食器と引き出物でもらったようなものが少々と、来客用のカップが数点あるのみだった。一緒に暮らした女性の痕跡などいっさいなく、どこかほっとしてしまった。
私専用の食器やリネン類も買い足していくと、夕方になってマンションに帰宅した頃にはかなりの荷物になっていた。

この日から、食事は可能な限り私に作らせてもらう約束になっていた。してもらうばかりではなんとも心苦しくて、家事は任せてもらうように申し出たのだ。
今夜は自分も手伝うと言う拓斗とともに、キッチンに並んで立っていた。

付き合っている人と一緒に料理をするなんて、考えてみたら初めてかもしれない。拓斗はずいぶん手慣れた様子で、料理と関係のない話をしながら作業する余裕があるほどだ。

思いの外楽しい時間となり、お互いの仲がますます深まったと感じたのは、おそらく私だけじゃないはず。
こうやって、少しずつ彼との関係を築けていけたらいいのかもしれないと、自然と思えた。

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