過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
特別室のような部屋に案内され、指輪の説明を聞きながら考えてしまう。
もしあの夜、パリのバーで彼と出会っていなかったら、拓斗とこんな関係になっていなかっただろう。

彼の隣に、私じゃない違う女性が寄り添っていた可能性だってある。その場面を想像すると、相手の顔など思い浮かびもしないというのに、もやもやとした不快な気持ちに襲われてしまう。
彼との出会いを、運命だなんて夢見がちな言葉で納得してよいのだろうか。

ふたりで選んだ結婚指輪は、サイズの調整と裏に文字を刻むことにしたため、即日持ち帰ることはできなかった。


それから数日後、ディナーに誘ってくれた拓斗は、その場で完成した指輪をそっと私の左手にはめてくれた。灯りにかざせば、埋め込まれたダイヤモンドがキラキラと煌めき、その素敵さに思わず表情が緩んでしまう。改めて、自分はこの人と結婚したのだと実感すると、くすぐったい気持ちになっていた。

拓斗は私に、少しでもプロポーズや結婚に至る過程を経験させようとしてくれているのかもしれない。
急に決まった結婚や、アローズ挙げての仰々しい挙式を申し訳なく思っている節がある。
その罪滅ぼしのような気持ちで、こうして連れ出してくれているのだろうか?

「美香。一生君を手放すつもりはないから」

熱のこもった視線を向けながら発せられた意味深な言葉に、ひと際大きく胸が跳ねた。そのまま指輪をした手に口づけを落とされて、ぎゅっと胸が締めつけられてしまう。

心を求めてはいけない。
笑顔の裏で私を裏切り続けた朔也の存在が、走り出してしまいそうな私の気持ちにブレーキをかける。

拓斗は私を妻として、とことん大切にしてくれている。結婚したからには本当の夫婦のように過ごそうと、全力で尽くしてくれる。
でもそれは、ある意味義務のようなものかもしれない。

彼の心を求めて再び裏切られるような目に遭えば、もう私は立ち直れそうにない。これはギブ&テイクの関係なのだ。彼に守られている分、私は求められる技術を提供する。
溢れそうになる気持ちに気づかなかったふりをして、そっと心に蓋をした。

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