呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
ハリーに呼び慣れるまでの練習だと言われ、何度も「クリス様」とエオノラが名前を呼ぶ。その度にクリスの心がきゅうと縮むような感じがして、さらに胸の鼓動が速くなって変な気分になった。
それから自分のことをどう思っているのかも知ることができた。嫌われていないようでなんだかほっとしたし、好意的に見られていて嬉しかった。
上手くは説明できないが、スイートドライヤーを摘んだ際にリンゴのような甘い匂いが鼻孔をくすぐって、心がときめく時と似ている。
そこでクリスは自分の胸に抱いている感情が何であるかを、漸く理解した。
まさか、ハリーに気づかされるだなんて一生の不覚だ。
本人にそんな意図があったのか確かめるために視線をやると、腹立たしいことにすべてはお見通しだと言わんばかりににやにやとしていた。
「昔からクリスは鈍いし、そっち方面だけは素直じゃなかったからなあ。今では全方向に捻くれているけどな」
「……私を揶揄うのも大概にしてください。今度はどこを噛みついて差し上げましょうか?」
ぞろりと並ぶ鋭い歯を見せると、ハリーが両手を挙げた。
「おおっと。それはもう勘弁してくれ」
ハリーはわざとらしく肩を竦めると空を仰いだ。
「そろそろ王宮に戻る時間だ。また暫くは来られないが、薬は従者に届けさせる。……それから、満月前後はくれぐれもエオノラをここに近づけないようにするんだぞ」
空には太陽が沈んだ反対側の位置に半月が顔を出している。あと一週間もすれば満月だ。
「……分かっている」
クリスは半月を眺めてから目を伏せる。
もしも、自分の抱いているものが恋情なら、この気持ちはエオノラに伝えない方が良い。
呪われている自分が幸せになることはなく、歴代侯爵と同じ末路を辿ることは分かりきっているから。
自分のためにこれからは彼女との距離を考えなくてはいけない。
クリスは今後のエオノラへの接し方について真剣に考えた。