呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
間近でクリスの顔を見ていると、その目の下にはうっすらとクマができていて、頬も少しこけている。血色もあまり良くないようだ。さらに視線を落とせば、薬を塗ってくれている手は切り傷や擦り傷の痕がたくさんある。貴族であるはずの彼の手はこれまでの苦労が窺えた。
(もしかして、この屋敷の管理を一人で行っているの? だって、ここには使用人の気配がちっともないんだもの)
フォーサイス家の屋敷の使用人はそこまでお喋りではないが、常に忙しなく動き回っている。だから廊下を歩けば誰かと必ずすれ違う。
しかしここではそれがない。やはりこの屋敷に住んでいるのはクリス一人だけなのかもしれない。
そんなことを考えているうちに布の擦れる音がした。気づけば手には清潔なハンカチが巻かれている。
「これで大丈夫だ。手当も済んだから帰ってくれ」
「で、でも……」
「早くここから出て……ぐぅっ」
突然、クリスが胸を押さえて苦しみだした。片膝を地面について必死に痛みを堪えている。
「大丈夫ですか!?」
心配になって側へ寄ろうとすると、手を突き出された。
「お、願いだ。一刻も早く、屋敷から出てって……くれ。頼む」
「でも……」
息を切らしたクリスに懇願され、エオノラは面食らった。
(もしかして、腕輪の琥珀が言っていたことと何か関係があるのかしら?)
苦しんでいる彼を放っておくのは忍びなく思うが、うわごとのように何度も屋敷から出ていけと繰り返される。
これ以上食い下がることは良くないと判断して、エオノラは分かったと返事をするとフォーサイスの屋敷へ帰ることにした。