呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
エオノラが鉄柵を掴んで呼び止めるも、クリスは立ち止まりもせずに茂みの中へと消えていく。
(……侯爵様の力になりたいのに)
受け取ってもらえなかった紙袋にエオノラが視線を落としていると、突然聞き覚えのない男性の声がした。
「ほう。まさかこの屋敷で逢い引きが見られるとは思いもしなかった」
頭を動かすと、春の陽光を思わせる金髪に、緑色の瞳を持つ、精悍な顔立ちの青年が立っていた。少しだけ長い髪を後ろで緩くまとめ、深緑色の上着には髪と同じ金糸の刺繍が入っている。ガラスでできたカフスボタンをつけていることもあり、軽妙洒脱な印象を受けた。
まだ社交界デビューしていないエオノラは彼が誰なのか分からない。しかし、服装や後ろの方で控えている黒塗りの豪奢な馬車から侯爵の知り合いなのだと悟った。
「何故こちらに? まだ来る時間にしては早いと思いますが?」
クリスは青年の声を聞いてこちらに戻って来ていた。手に持っている懐中時計の蓋を開いて時間を確認した後、迷惑そうな表情で相手を睨む。
客人にこんな態度を取って良いのだろうか、とエオノラはひやりとしたが青年は素知らぬ様子で話を始めた。
「今日、勇み足でここへ来たのは毎日ひたむきに軽食の入った紙袋を置いていく妖精さんが誰なのか突き止めるためさ! 早く来たお陰でやっと妖精さんに会うことができた。まさかご令嬢だったとは! 意外や意外」
青年は馬車の御者に大きく手を振ってこちらに来るように合図をした。御者のかけ声と共に馬車が緩やかに動き始め、屋敷へと近づいてくる。
「さあてクリス。客人が来たのだから門を開いて通してくれるかい? それから、大事な妖精さんからの贈り物を忘れているぞ! このうっかりさんめ!」
青年は抜け目ないようで、エオノラの紙袋を拾い上げるとクリスの胸に押しつけた。