呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
それからクリスの準備が終わるのを四阿の柱の側で待っていると、リンリンと石の音が聞こえてきた。
エオノラはハッとして後ろを振り返る。
(ここからかなり近いわ。今なら石の場所に辿り着けるかもしれない)
ちらりとクリスとハリーを見やると、二人は楽しげに話をしている。今が絶好の機会だ。
エオノラは気配を消してそろりと後ろに下がると、それから音のする方に向かって駆け出した。
近づくにつれてリンリンという音が鮮明になっていく。逸る気持ちを抑えながらエオノラは音がする方へと突き進んだ。
(教えて。あなたは何を伝えたいの?)
つるバラが巻きついたアーチをいくつも抜けると、円形に植えられたイチイが現れた。中心には鳥かごのような形をした大きな鉄の柵があり、入り口には閂とダイヤル式の錠が掛かっている。その鳥かごの中心に、エオノラを呼ぶ音の主は佇んでいた。
樹木は淡い赤色を帯び、幹から枝にかけて水晶のように透き通っている。そよ風に当たって揺れる蕾は太陽の光を浴びてきらりと反射した。
「これってもしかして……ルビーローズ、なの?」
ルビーローズ――それは水晶と植物の融合とも言われる幻のバラのことだ。
学術的には植物に分類されているが、その存在は眉唾だと疑われるほど稀少な品種となっている。
(昔、お祖母様からルビーローズの話を聞いたことがあったけど、本物を見るのはこれが初めて)
ルビーローズは花が咲くと真っ赤なルビーのような煌めきを放つという。
枝を手折ったり、花を摘んだりすると一瞬でその煌めきは失われ、普通のバラのような姿になってしまうと言われている。
エオノラはしげしげとルビーローズを観察して、あることに気がついた。
「……このルビーローズ、蕾はついているけど花が一つも開いていないわ。植物にはあまり詳しくないけど、庭園のバラと比べてなんだか元気もない」
鳥かごの側まで寄るとしゃがんで音に耳を傾ける。
リンリンと鳴る鈴のような音。悲痛な音をより細かに分けると、そこからは寂寥感、喪失感などが入り交じっている。
「あなたは、何をそんなに悲しんでいるの? 私に何かできることはないかしら?」
ぽつりと話しかけたエオノラが柵の間に手を入れる。次に、枝に触れようと手を伸ばせば背後から狼の唸り声がした。