呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


 振り返ると、そこにはこの間の狼が鼻面に皺を寄せてこちらを睨めつけている。それ以上、柵に手を入れたら腕を噛みちぎると言わんばかりに鋭い牙を剥き出しにしてきた。
 尋常ではないほどの殺気と威圧感に気圧されて、慌てて手を引っ込める。

 エオノラは伸ばしていた手を守るようにもう片方の手で包みこんだ。それから素早く立ち上がる柵から距離を取る。
 この狼はルビーローズを守るために飼われているようだ。世にも珍しいルビーローズは、特に宝石商や園芸家、コレクターが喉から手が出るほどの品。
 忍び込まれて盗まれでもしたら一大事だ。鉄製の頑丈な柵で守られてはいるがこの屋敷に住んでいる人間はクリスだけ。噂を信じない――取り分け顔を見れば死ぬという部分を信じない者からすれば、ルビーローズを盗み出すことなど造作もないだろう。

(防犯対策のためにこの狼を調教したのね)
 狼は尻尾の毛を逆立たせ、姿勢を低くして威嚇していた。
「ごめんなさい。もうあなたの大切な花に触ろうとしないから……」
 謝罪を口にするも興奮状態の狼の耳には、エオノラの言葉は届いていなかった。
 血走った目をギラリと光らせる狼は大きく口を開いて飛びかかってきた。

「きゃああっ!」
 悲鳴を上げ、エオノラは手で頭を抱えてしゃがみ込む。
 しかし、いくら経っても狼から来るはずの衝撃はなかった。代わりにバウバウという不服そうな声と「暴れるな」というハリーの声がする。
「……?」
 恐る恐る顔を上げると、暴れる狼を腕の中で押さえつけるハリーの姿があった。

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