【電子書籍・コミックス配信中】呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~
好みの味でなかったらどうしよう。
調味料を入れすぎて濃い味付けになっていたらどうしよう。
緊張で手が震える。何とか料理を盛った皿をクリスの前に置くと、自分の席にも同じものを置いて一緒に料理を食べ始めた。
「どうぞ、召し上がってください」
厳しい感想を言われることを覚悟して固唾を飲んで見守っていると、クリスはスプーンでシチューをすくって一口食べた。一口大に切った羊の肉を咀嚼してごくりと飲み下す。
ハラハラしながら見守っていると、やがて「美味しい」という言葉が聞こえてきた。
クリスの手は止まることはなく、あっという間に皿は空になった。
エオノラは心が温かくなるのを感じた。「美味しい」というたった一言。それだけでこれまでの努力が報われた気がする。
料理のお陰なのかそれ以降、クリスは少しだけ雰囲気を和らげてくれた。とはいっても近づきすぎると冷たい態度で拒絶されるし、食事以外の時は素っ気ないので進捗としては微々たるものだった。
相変わらず刺々しい言葉を口にしてくるが琥珀の瞳は以前よりも鋭さが和らいでいる。よって、彼との関係が膠着状態ではないと思うことにした。
クリスの体調が優れない日は、クゥが代わりに四阿で待ってくれていた。普段クリスがいる時は顔を一切みせないのに、ご主人不在とあれば必ず現れて対応してくれる。よく躾けられた狼だと思う。
以前クリスが言っていたようにクゥは雑食で生肉を嫌う。生魚も嫌う。火が通っていないと絶対に口にしなかった。さらに言えば、クリスが苦手な芽キャベツも同じように嫌っていて、ソテーしたものを皿に出すと、ツンと澄まして顔を背ける。
その姿はクリスを彷彿とさせ、飼い主にそっくりだと苦笑いを浮かべてしまった。
ルビーローズからは相変わらず悲しい音が聞こえてきて気がかりではあったが、一度盗みに入ったのではないかと疑われているので、彼の不信感が消えるまでは近づかないようにしている。また疑われて今度こそ屋敷に入れてもらえなくなったら、二度とルビーローズを助けることはできなくなるから。それだけはどうしても避けたい。
エオノラはクリスからルビーローズの話が出るまでは何もしないと決めた。