Memorable
こんな形で長年住んだ家を出ることになるとは思ってもみなかったことだが、少しだけホッとしてしまった自分を戒める。
何不自由なく育ててもらって、こんなことを思ってしまう私は最低だ。

ぼんやりしているうちに、いつの間にか夕方になっており、そろそろ秋久の使いの人が来るかもしれない。
スーツケースを持って部屋を出ようとしたところで、ドアがノックされた。

「はい?」
この部屋をこんな風に訪ねてくる人などいるはずもなく、戸惑いつつも返事をすると、すぐにドアが開いた。

「秋久様……」
まさかと思いその人を見て、私は思わずつぶやいた。すると秋久はすぐに顔を歪めた。

「古都、お前それだけはやめろ。嫁に『様』って呼ばれる旦那って何なんだよ」
まさか呼び名のことを言われるとは思わず、私が口ごもっていると、秋久は座り込んでいた私のそばへ来てスーツケースに手を伸ばした。

「これだけ?」
「ああ、はい」
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