稲荷寺のパラレル少女
大輝のか細い声が情けなく空中に消えていくのを良介は聞いていた。


「じゃあ大輝の一人負けってことでいいか?」


そう言われて大輝は口をつぐんだ。


勝負をせずに負けるのはもっとも恥ずかしいことだと思うふしがあった。


本当は良介も大輝と同じ意見だったけれど、不戦勝になられるのが癪でグッと唇を引き結んだ。


その実、今日の参道をダッシュするなんて無理だと思いながら。


「俺と良介で勝負して、勝ったほうに大輝がジュースをおごる。これでいいか?」


「わかったやるよ」


英也がすべてを言い終わる前に大輝は言っていた。


なにもしないままジュースをおごるのなんてますます嫌だった。


親戚からもらったお年玉はまた1円も使っていないが、あいにくなにに使うか頭の中に予定を立てていたりもする。


100数十円足りないことでそれらが買えなくなるかもしれないと思うと、胸の奥がムカムカしてくる。


「よし、行くぞ!」


英也が両腕をグルグルと回して準備体操をする。


それだけで周囲の人たちは迷惑そうな顔をしている。


本当にこれからダッシュするのかな?


どう見ても、ダッシュなんてできないのに。


良介は心の中で思いながら英也の後について歩いた。


駐車場を抜けると広間があり、そこにも沢山の出店が並んでいる。


広場の中央には大きなゴミ箱がふたつ。


3人の身長よりも少し大きいくらいのゴミ箱はちょっとやそっとじゃ悪臭を感じない。
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