小さな願いのセレナーデ
そして時間が十一時を過ぎたのでそろそろ解散することにした。
店の外に出ると、彼が「これを……」と私に何かを差し出す。

「君と是非、行きたいんだ」
それは細長い紙……と言うことは、どこかのチケットだろう。

(えーっと……)
受け取って書かれている文字を確認する。
英語でウィーン・ハーモニック…と読めた瞬間、一気に血の気が引いた。


「いやいやこれは無理無理!!」
ウィーン・ハーモニック管弦楽団と言えば、世界最高峰のオーケストラ団体だ。しかもこのチケットは、拠点である楽友協会のチケットで、倍率が百倍とも言われているプレミアチケットだ。


「無理無理無理無理…」
何度も頭を振るわせるのを見て、彼は「念仏?」と突っ込んだ。

「じゃあこう言う口実はどうだろう?」
「口実?」
「今から君に申し訳ないことをする。そのお礼に、付き合うと言うのは?」
「申し訳ないこと?」

答えるより前に、彼は一歩前に踏み出すと──そっと唇にキスをした。

「明日、待ってるよ」

そう囁いて、踵を翻して去っていく。
その後ろ姿を見て、ようやく我に返った。

(う、うそだぁ………!)
我に返った所で、脳の処理能力が完全にオーバーヒート。へなへなとその場にしゃがみこんでは、彼の去って行った道を見つめていた。
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