小さな願いのセレナーデ
壁には直筆の楽譜のコピーが展示されており、その一つ一つに目を通していく。どれも彼の晩年の曲だ。
(あぁ、これかな…?)
何度も聞いたメロディーラインの曲があり、足を止めてじっと見入る。
楽譜の音をなぞっていくと、やはりこれは『ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960』に間違いはないだろう。
シューベルト最後のピアノソナタだ。
『何て言うか、やっぱり感動した』と、これを見た人が言っていたことを思い出す。
『今の時代ネットでも直筆譜は見れるけど、同じ大きさで、あの場所で見たことに意味がある』のだと熱弁していたのを思い出し、少し口元が緩んだ。
そして次の部屋に行こうと、顔を上げた瞬間だった。
中央のピアノ越し、柔らかい光に照らされて、一人の男性が立っていた。
サラサラと揺れる黒い髪に、端正な顔だちの男性。
なぜかその人だけが、この質素な部屋で──とても色鮮やかで美しく見えたのだ。
「君、日本人?」
彼はそう微笑んで、私に話しかけた。
「あ、はい、そうです」
それが彼──昂志さんとの、最初の会話だった。
(あぁ、これかな…?)
何度も聞いたメロディーラインの曲があり、足を止めてじっと見入る。
楽譜の音をなぞっていくと、やはりこれは『ピアノソナタ第21番変ロ長調 D960』に間違いはないだろう。
シューベルト最後のピアノソナタだ。
『何て言うか、やっぱり感動した』と、これを見た人が言っていたことを思い出す。
『今の時代ネットでも直筆譜は見れるけど、同じ大きさで、あの場所で見たことに意味がある』のだと熱弁していたのを思い出し、少し口元が緩んだ。
そして次の部屋に行こうと、顔を上げた瞬間だった。
中央のピアノ越し、柔らかい光に照らされて、一人の男性が立っていた。
サラサラと揺れる黒い髪に、端正な顔だちの男性。
なぜかその人だけが、この質素な部屋で──とても色鮮やかで美しく見えたのだ。
「君、日本人?」
彼はそう微笑んで、私に話しかけた。
「あ、はい、そうです」
それが彼──昂志さんとの、最初の会話だった。