小さな願いのセレナーデ
演奏が終了し拍手が鳴り響く中、私は席を立つ。時間はそろそろ夕方五時。帰らなければいけない。

…いや、本当は急げば彼女に挨拶をして帰ることもできる。
だけど私は、一刻も早くここを立ち去りたかった。だってこの場所は……ホテルソーリスオルトス東京ベイ。首都圏にも数ヶ所ある、彼がオーナーを務めるホテルの一つだ。
彼はその後、早期に社長職を退いた父親に変わり、ホテルソーリスオルトスの社長に就任したらしい。今は父親がいくつかの海外のホテルを管理する以外は、全てホテルソーリスオルトスは彼が管理することになるとニュースで目にしたことがある。現代のホテル王だとも言われていた。

まさか社長がこの場にいる訳はないと思っているが……何となく、居心地が悪い。
足早に会計を終わらせ、ロビーを突っ切ろうとしたところ──なぜか向こうから女性の金切り声が聞こえる。
こんなホテルでこの声は勘弁して欲しい……そう思いながらその方向をチラッと見ると、私は立ちすくんでしまう。


視線の先、あの声をあげる女性の先に居たのは──彼だったのだ。

(うそ、だ……)
遠目からでもわかる。三年前と全く変わらないオーラを放つ、綺麗な黒髪に、スーツを着こなした端正な顔立ちの青年がそこに居る。
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