小さな願いのセレナーデ
私はケースを開けて弓を取り出し調整する。バイオリンを左肩に乗せて顎で挟んで、弓を構えて深呼吸すると──それを垂直に引いた。


何度も弾いた、自分のオリジナルにアレンジしたピアノ三重奏曲第二番の第二楽章。
物悲しくも、美しいこの曲。

(……こんな街だから、生まれたのかもね)
顔を上げると、ウィーンの美しい街並みが広がる。

こんなにも美しい街で、ひっそりと寂しく消えていく命に抗いながら作った曲だから──こんなにも美しい旋律なのかも知れないな、と思ったのだ。


(……ん?)
ふと彼を見ると──最初は聞き入って目を閉じてたのかと思いきや、頭がぐらぐらと揺れて、船を漕いでいる。
キリが良いところで演奏を切り上げると、パチパチとまばらな拍手が聞こえてきた。


「ご、ごめん!」
拍手の音に気付いてか、彼ははっと目を見開いて飛び起きた。

「あまりにも君の演奏が居心地よくて……そう、本当に居心地が良くて……こんな居眠りをしたのは、本当に久しぶりだよ」

バイオリンをケースにしまう様子を見ながら、恥ずかしそうにそう言う。

「本当ですか?」
「本当に、君の演奏は居心地がよかったよ」
「だから私は、ソリスト向きじゃないって言われてるんですけどね」

必死に取り繕う彼に、少し皮肉を言ってお返しする。
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