小さな願いのセレナーデ
元々他の人よりは少し聞こえ方が敏感で、プロとしてそうあるように維持していた。でも聞こえる全てが不協和音になってしまうと、とてつもない不快感が押し寄せてくる。毎日ガンガンと響く音に頭が痛くて、耳栓をしてやり過ごしていた。

「手術をしても、耳の違和感ある聞こえかたは改善されなかった。ごめんなさい、あなたからも連絡が来てたと思う。でも数ヶ月、携帯の画面すら見れなかった…」

音が歪んだ世界で、小さな画面をみるのは困難で、携帯の画面は数ヶ月一度も見なかった。いつしか電源が入らず、壊れてしまった。

時間と共に、次第に回復はしていった。
だけど前みたいに、正確な音階を捉えることができない。特に複数の楽器が混ざる音は、少しづつ音階がブレて歪んでしまう。
──だからオーケストラの演奏に、耐えられなくなった。

もうオーケストラの一員としては、ダメだと思った。

私の何もなかった人生で、唯一のプライドがプロオーケストラの一員であることだった。
だけどこんな状態じゃ、ままならない。

唯一のプライドはずったずたに切り裂かれて、全部に無気力になった。
こんな状態では、一生ステージに立つことはできないと思った。

そして事故から半年後、私は音楽を辞めるつもりで退団した。

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