小さな願いのセレナーデ
驚き呆気に取られているのを見て、昂志さんはこう言った。
「あのウィーンが異常だったんだよ」と。

そして立ち上がると、私に詰め寄ってくる。

「今でもあの時のことを思い出すよ。君と居る時間は心から安らげる時間だった。君の演奏は心地が良くて、いつまでも聞いていたいと思った」
私の頬に手を当てて、真っ直ぐに見つめる。
彼の触れる指から伝わる体温と、焼けつくような熱の瞳に、体の芯から熱が沸き上がる。


「楽友会館のコンサートの日。君はとても綺麗だった。手を握ると真っ赤になる顔も、真剣に演奏を聞いてる横顔も、全部が愛おしかった」

頬に当てた手から、そっと髪の毛に触れてはさらさらと解かして絡める。最後には端を持ち上げて、軽くキスを落とした。
目の前には、彼の逞しい指─太くて硬い指 は心を掻き立てて、伏し目の甘い表情が、それを加速させる。

「初めて会った時、あの小さな部屋で、柔らかい日差しに照らされてる君を見て、人生最後の景色がこれだったら…と思える程、心を動かされた」

反対の手が、腰に回される。
そして徐々に引き寄せられる。


「今もそれは、変わらない」

腰同士が触れ合ったところで──『ピンポーン』とインターフォンが鳴る。
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