刻を越えて叶える恋夢
一晩考えて、お世話になることにした。
法律がからむ遺産問題や家の事は守おじさんと弁護士さんの方でやってくれるらしいから任せる事にした。

守おじさんは、他に身内もいない私の未成年後見人として、二十歳まで私の保護者を引き受けてくれた。
正直、ありがとうという気持ちでいっぱいだった。

学校の手続きも四十九日も終わり、荷物をまとめた。
友達にも別れを済まし、今まで過ごした家にお別れして、私は隣町の守おじさんの家へお引越しした。

昼過ぎには旅館の別館の後ろにある自宅兼事務所に到着した。先に連絡してあったのか、おばさんが玄関で待機してくれていた。

「ただいま、美貴」
「おかえりなさい、ご苦労様でした。守さん。」
手荷物を受け取りながら、
「2人ともお疲れ様。お昼ごはんを用意してあるから、ゆっくり食べてから荷物整理しましょう。」と。

葵も姿勢を正しお辞儀をして、
「お世話になります、おば…美貴さん。」

一瞬睨まれたかなと思ったけど、美貴さんはホホホホッと笑いながら食堂へ案内してくれた。

「美味しい!」
さすが、老舗旅館の賄い。
守さんのご飯が不味かったわけでわないが、旅館のプロが作っているから。
両親が他界してから久しぶりにバランスも良いご飯を食べ、幸せだった。

葵はこれからここでお世話になるのに何もしないとかは無いなぁと。
でも、中学生の葵に手伝えることがあるなら何かしたい。

「私でも手伝えることってありますか?邪魔になるかもしれませんが。」

思い切って聞いてみた。

美貴さんは小悪魔のように微笑みながら、
「そうね、葵ちゃんなら守さんに似て顔も可愛いいから私のサポートでもいいわね。平日は学校だから白川のおばあちゃんのお世話とかお願いできると助かるわー。」

サポート⁈

「葵…」守おじさんが哀れみに近い表情で私を見ていた。

「転校初日からで申し訳ないけど、明日金曜日の授業後におばあちゃんの洗濯物を受け取って来てもらって、明後日土曜日は
朝5時半に私の仕事部屋に来て。」

「よっ、よろしくお願いします。」

明日から忙しくなるみたいだから、部屋の片付け頑張ろー。

不安半分、楽しみ半分、明日からどうなるんだろう。

転校初日、金曜日の朝の会で、
「あ〜、葵じゃん。よろしくなっ!」‥っと。

いや、マジで、よろしくされたくない。

顔、体型は申し分ないけど、チャラいし、なんか女子の視線痛いし。どちらかていうと、目立ちたくない。

キーンコーンカーンコーン
昼休み、案の定いくつかの反応が。

「白川さん。貴志君のイトコなんですって?…」
パターン1 貴志に近づきたい目的の面倒臭いタイプ。

とりあえず、トイレに行って戻ってきた時嫌な予感はあった。ありましたけど、お約束的な…

"ドテッ"
はでに転んでしまった。
わざと足出す嫌味感たっぷりの反応、今時ないよね。
パターン2 親衛隊的な、貴志に近付くんじゃねえよと威圧的なタイプ。

あーどっちもめんどくさい。とりあえずこれ以上関わりたくないから、机の上に突っ伏していると、

「葵、一緒に弁当くおーぜー!」
超ハイテンションの貴志が…。

はぁー空気読めー!

葵は思わず机に顔を埋めたまま、
「遠慮します、ほっといてください。」

普通転校生って、クラスに馴染みにくくて、はずかしそうに"ちまっ"っとしているイメージなんだけど。

「グゥ〜」

あー、こんなときでもお腹は空くのね。屋上とかあったら逃げたいなぁ。
あー外野うるさい。

顔を上げると既に回りを机に囲まれてて、
「白川さん、私たちも一緒させてもらってます。」
貴志と数名の女の子がご飯を。
とりあえず、ニコニコっと愛想笑いと相づちをうちながら黙々と弁当を口に運び食べ終える。
美味しいお弁当なのに味わかんなーい。
ごちそうさまと手を合わせてそうそうに席を立つ。

「ちょっとお手洗い行ってきます。」

教室を出て、上に続きそうな階段を上がる。
あー、今日が金曜日で良かった。こんな精神的に疲れるとしんどい。

良かった。屋上解放されてる。しかも景色めっちゃ綺麗!癒されるー。
両手を上にぐっ〜っと伸ばし風を浴びる。
いい天気、お腹もいっぱい。

…z z z...。

あまりにも心地良くて寝てしまった。

日が高くなって少し暑いなぁと思って目を覚ますと隣に男の子が座って本を読んでいた。

「あっ、起きた。」

覗きこまれたけど、眩しくて表情までよくわからなかった。

慌てて時計を見る
やばっ、15時!
「授業サボっちゃった。」
「そうみたいだね。鍵かけようと思ったらお姫様が眠っていたので。」
「すみません、今すぐ帰ります。」

急に立ち上がろうとしてクラッと

「ゆっくりで大丈夫。可愛い寝顔見ながら読書してたから。」

今度はゆっくり立ち上がって深く頭を下げて階段を降りる。

上から呼び止める声がしたから振り返ると逆光で顔は見えないけど、優しく

「いつもこの時間まで鍵空いてるから、いつでも休みに来ていいからね。」

と。
貴志とは大違い。

「ありがとうございます。」

あの人も制服着ていたなー生徒会で鍵閉め当番でもあるのかな。

私は誰もいない教室から荷物を持って校門に向かう。
門前には別のイケメン!
「葵、遅かったな、なんかあった?」
2つ年上のもう1人の従兄弟
「裕ちゃん」
「父さんから、ばあちゃんのところに案内してやれって頼まれて」
「そういえば、場所聞いて無かった」
「教室覗いたけど鞄だけあって、居場所わからなかったからここで待ってた。」

屋上で寝てたとは言えない。
「ごめんなさい。」

おばあちゃんの病室やいろいろな場所を案内してもらい、着替えを受け取ってまっすぐ家に帰った。

ピピピッ
目覚まし時計が鳴る。

時間は朝の5:30
今日から美貴さんのお手伝いなのでいつもより少し早起きです。

顔を洗って動き易い服装に着替える。朝食は朝仕事の後なので、チョコレートを軽く口に入れ美貴さんの仕事部屋へ向かう。

「おはようございます」
「おはよう、5:50ちょうどいい時間ね。…着替えるからこっちの部屋へいらっしゃい。」奥の部屋に入って行く。
言われるまま中に入ると少し明るめな着物が何着か飾られていた。
中居さん系ではないなぁ。
不思議そうに見ていると、
「葵ちゃんは何色が好き?」と聞かれて
「空を見るのが好きなので青系が好きかなぁ」

美貴さんは青系の着物を何着か持ってきて葵の前で合わせた。
これはもしかしなくても、着物に着替えるということだなぁ。動きにくそう。
「今日は薄めの水色にしましょう。」
手際良く私は着物を着せられ、状況を把握しないままフロアに連れて行かれた。

フロアに2人が到着すると、すぐに朝礼が始まった。
さすがに週末一日のスケジュールはびっしり。
「今日から週末限定ですがお手伝いに入る姪の葵です。初めてのことばかりで迷惑をかけると思うけど、よろしく。」
私も慌てて姿勢を正しお辞儀をした。

朝礼の後は、
「廊下を歩くときは、歩幅は狭く速く、頭は動かないように‥。」とか、
若女将レッスンを2時間ほど叩き込まれた。
その後、美貴さんは葵をフロントにまかせて、若女将の仕事に。

葵もフロント担当の人に教わった通りに接客を頑張った。

11時頃、美貴さんがフロントに戻って来た。さっき、こっそり見てしまったスケジュール帳には12:00お見合い一件と書かれていて。
玄関の外では守おじさんも待機している。

「葵ちゃん、次のお客様の接客をお願いするから、こっちへいらっしゃい。」
美貴さんと一緒に玄関ホールで待機する。

しばらくすると、ロータリーに一台の車が到着した。
車から小太りな紳士と少し派手目な着物を着た婦人。小太りな男性と制服を着た男の子が…あれ、同じ中学の制服。
制服の男の子はこっちを見て軽く会釈をしてくれた。
クラスの人かな昨日あんまりまわりを見なかったからわからないや。

「竜宮様、お待ちしておりました。」
美貴さんが私を見ながらお客様をエスコートする。私も慌ててエレベーターの扉を押さえたりサポートする。

美貴さんはお相手の家族を迎えるためにフロアに残り、葵は竜宮家ご一同様と最上階フロアに。

最上階に到着して、フロアのソファに案内する。
「会食のお時間までこちらでお待ち下さい。」
一旦姿勢を正して席に着席するのを待つ。
タイミングをはかってメニューを出し、
「お飲み物は何になさいますか?」と聞く。
「私と妻はホットコーヒーで息子はブドウジュースとアイス紅茶で」
…ジュースは制服の子かなぁ。
フロアの奥に行き注文を伝えていると、裕人さんが来て、
「俺にアイス紅茶追加で」とフロアのほうに向かった。
振り向くと裕人さんはすでに制服の子に声をかけて一緒に席に着席していた。

出来上がった飲み物をこぼさないように気をつけて持っていく。
まずはご両親にコーヒーを、次に紅茶のコップを持とうとしたら、
「僕がブドウだよ」小太りな男性が立ち上がろうとする。
「失礼致しました。」
お兄さんの方にジュースを置く。
隣のソファーに移動していた制服の子と裕人さんに紅茶を渡す。
「お待たせ致しました」と紅茶を並べていると。
「葵ちゃん、昨日敦司とあったんだってね」と言われて
…さすがに記憶がないとは言えないが、答えることもせず眼をパチクリさせていると、
「俺も今度屋上上がってみようかな。」と。あっ屋上の人だったんだ。眩しくて顔がよくわからなかったけど。

あ〜っ寝てたこと謝らないと。
「昨日は本当にすみませんでした。」
慌てて謝ったら声が大きかったのか、まわりの視線をあつまめてしまい、
「す、すみません。」
敦司さんはニッコリ笑うと、
「違う制服を来たお姫様に逢えて、僕も嬉しかったんだ、僕もゆっくり休んでいたし気にしないで。」
爽やか笑顔に癒される。

裕人さんが思い出したように、
「敦司、紹介するね。彼女は俺の従兄弟で白川葵ちゃん。でこいつは竜宮敦司、葵ちゃんと同じ一年で特進コース」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ宜しく。」

「そういえば、昨日の帰り遅かったのって、屋上に居たから?」
「昨日は教室で嫌なことがあって、屋上に逃げてました。」
「教室がイヤって、貴志かな?…あいつなりに考えての行動だと思うけど、許してやって。」
「あれが考えての行動だとしたら、別の意味で嫌かも。」

少し打ち解けて話をしているとお見合い相手のご家族が到着した。

美貴さんが来て
「葵ちゃん、今日は竜宮様がお帰りの時間まで自主学習で。」
「はい、お部屋の配置を覚えるのと、お客様へ笑顔の対応ですね。」
「さすが私の姪、理解が速いわね。お昼を先にどうぞ」
美貴さんは本当に嬉しそうだった。
娘のように接してくれるのも本当にありがたい。
ただ、葵はこのまま若女将を継ぐのかと心配だった。

継ぐということは、この家に養女か、イトコーズと結婚とか?

いやいや、とりあえずお昼を食べてこよう。

お昼に美味しい賄いを先にいただき、広い館内を順番に歩く。
先日まで住んでいた隣町とは違い、この街は街自体がパワースポットで守られているように特殊な伝説が多くあるからか、
旅館の宴会場、大中小の温泉、少し離れにある家族風呂、露天風呂そしてスイートルームなどの部屋名などはすべて伝説に因んでつけられており、中には、高嶺、竜宮、白川など自分たちと同じ名前の部屋もあった。
…伝説についても勉強した方がいいかなぁ。さすがに部屋数が多すぎて説明まで頭に入らないなぁ。

一通り館内を回った後、葵が気になっていた中庭に出てみた。
イベントや式も挙げれる造りになってるだけあって、本当に綺麗な中庭だった。

庭の奥から竜宮兄と綺麗な着物を着た女性が歩いて来た。葵は道の端によりお辞儀をして2人が通り過ぎるのを待った。

中庭のさらに奥に進むと可愛いらしい泉と噴水が。
夜になるとライトアップもされるらしい。いつか見に来たいなぁ。
なんて思っていたら急に噴水の水が出て、
「うわっ」
思わず叫んでしまう。
周りに人がいなかったから確認していると、泉の奥にあるベンチから笑い声が。
敦司さんがお腹を抱えて笑っていた。笑いが落ち着くと、
「今仕事中?」
と聞かれて、
「う〜ん、仕事中みたいな感じかな」っと曖昧に答えた。敦司さんは目を点にして首を傾げたので、
「お部屋の配置や名前などの勉強してました。まだまだ迷子なので。」
「なる〜。少し休憩していかない?」
とベンチの隣を指差されて。
「お邪魔ではありませんか?読書の最中のようですが」
敦司さんの膝の上には昨日と同じ本が。
「あっ、この本?もう読むの5回目だから、ただの暇つぶし。今日だって家族の用事できただけだし。」
敦司さんにじっーっと見られて。
「では少し。」
失礼しますとベンチの端の方に腰をおろすと、敦司さんが一度立ち上がって、間をつめて、隣に座り直した。
…近っ!!
「裕人先輩の言う通りだね。とても気がついて、行動が可愛い。」
裕ちゃんは何を話したんだろう。おちょこちょいとか、ドジとか?
葵が1人百面相状態で赤面しながら考えごとをしていると、
「大丈夫だよ、とって食べたりしないから」と完全にからかわれた。さらに
「他校の制服姿も可愛いかったけど、今日の着物姿がまたさらに可愛い。」
敦司さんは天然?綺麗カッコイイ感じで、性格までスマート。恥ずかしすぎて直視できない。
「裕人先輩には、昨日寝てたことは言ってないよ。でも先輩も屋上に来ちゃうと、お姫様の寝顔はもう見れないかな。」
「そんなに毎日寝ないので。でもありがとうございます。昨日は裕ちゃんを校門で待たせちゃってたから理由は言えなかった。」

しばらく他愛もない話をして、ふっと敦司さんの膝の上にある本に目が止まる。
「龍伝説の本好きなんですか?」
「ああ、これ?そうだねこの街に伝わる伝説の中でもこれが一番好きだね。」
「私は隣町から来たので詳しく知らないんだけど、龍の伝説にまつわる部屋名も多いので、何か参考になる本とかあったら教えて欲しいです。」
「とりあえず、これ貸してあげるよ。」
「いや、本屋で買います。」
「また屋上で会う口実だから、借します。ってか、家帰ったらホコリかぶった本山ほどあるから、いろいろ貸してあげる。」
「沢山あるんですか?」
「ばあちゃんが趣味で集めてたら図書館になったって言ってた。」
「すごい!、図書館で借りられる感じなんですね。」
「今度時間あったら街案内するよ。家の図書館にも。」
「嬉しい。あっ、時間取れるかな。美貴さんに確認しますね。」
話が弾むとあっという間に時間が過ぎて、携帯のアラームが。
「あっ、竜宮様のお帰りの時間だ。」
「僕も戻らないと、一緒に戻っていいかな?迷子になりそうだから。」
「私も自信ありませんが、ご案内します。」

最上階フロアに着くと、既に2人以外は全員揃っていて、美貴さんと竜宮婦人が楽しそうにお話ししていた。
「敦司君戻ってきたわよ。あらっ、うちの葵と一緒だわ。ウフフッ。」

まだ引っ越して間もない葵の学校の帰りは他の人よりも早い。
いずれ何かしらの部活には入るつもりだけど、今は帰宅部。

いつもなら部活服に着替えている貴志が珍しく制服で話しかけてきた。
「葵、今日もばあちゃんのとこ?」
「今日はまっすぐ帰る日です。」
「じゃあ、時間ある?」
家の用事なら少し手伝ってもいいかなっと思って
「何?」 
と聞いてみる。
「オレと一緒にちょっと行って欲しいとこあるんだけど。」
2人で行く?それは選択肢にない。
「貴志と2人だけ?じゃ、帰る。」
「なんでだよー。裕兄ならいいんか?」
「う〜ん。」
ちょっと考える。
家の用事なんだろうけど、どうしようかなぁ〜っと顔をしかめて考えてたら、
「じゃいいや、1人で行くから。」
めずらしく素直に鞄を持ってさっさと出て行ってしまった。
なんとなく貴志が悲しそうな顔をしていたようなきがしたけど、

気になりつつも葵は、貴志の後は追わず帰り支度を終えるとそのまま寄り道もせずまっすぐ帰宅した。

旅館の裏門をくぐると自宅用玄関の前に女性が立っていた。
お客様かな?
玄関に近づくと女性がこっちをふりかえって、
「あらっ、お帰りなさい。」と。
この方は、先日のお見合いの時の…。
「こっ、こんにちは、竜宮婦人。」
慌ててあいさつをした。
「こんにちは、先日敦司と一緒にいた可愛らしいお嬢さん。今日は貴志君は?」
「貴志は、用事があるからと先に帰りました。貴志に用事でしょうか?連絡しましょうか?」
「ふふっ、大丈夫。どちらかというと、美貴ちゃんかなぁ。14:00って言ってたのに。」
「えっ、もう3時半ですよ。ずっとここで?あ、あの、中に入って、リビングでお待ち下さい。」
婦人をリビングのソファーにすすめ、
「コーヒーで大丈夫ですか?」
と確認する。
婦人が「ホットで」とうなずいたのでコーヒーを用意して机に置く。
「今、女将に声をかけてきますので、ゆっくりお待ち下さい。」と席を立つ。
「ありがとう」
婦人は葵をじっーっと見つめて嬉しそうに笑う。
不思議な人だなぁと思いつつ、リビングを出て、まず守おじさんに連絡を入れる。
「竜宮婦人がいらしているのですが、美貴さんは今忙しい時間ですか?」
「あー、今日だったか。今の時間なら、夕食の打ち合わせで食堂にいると思う。葵ちゃん、美貴のわがままに付き合わせてごめんな。」
と申し訳なさそうに、
「頑張ってね。」と、守おじさんの方から電話が切られた。

葵は、打ち合わせ中に、電話だと失礼だと思い、食堂まで歩く事にした。

食堂では、ちょうど打ち合わせが終わって美貴さんがお茶を飲んで休憩していた。
「美貴さん、竜宮婦人がいらっしゃっています。今リビングで待ってもらっていますが。」
美貴さんは時計をちらっと見て溜息をつく。
「約束の時間は4時(PM)なのに」
美貴さんは葵を見て、
「茜に準備ができたら行くからもう少し待ってもらって。」
「あかねさん?竜宮婦人の名前?」
美貴さんは笑いながら頷くと、
「そうそう、あー茜はね、私の同級生なのよ。今日は葵も一緒に行く予定だから、茜と話でもして待っててよ。」
「お出かけの予定ですか?あの、服装は?それと何を話せば?」
「制服のままで、話は、敦司君のお母さんだし、話の話題くらいあるでしょ。」
美貴さんはニコニコっと笑い女将部屋へ。

葵はリビングへ戻りながら何を話せばいいか必死に考えた。

リビングに戻るとさりげなく、…さりげなーく、婦人の顔を見て、
「敦司さんはお母様似なんですね」と話を切り出した。

婦人はふふふっと微笑んで、
「あなた達も同級生だったわね。」
何かを思い出すように目を細めて、
「あの日、先日の上の息子のお見合いの日。敦司の笑った顔を久々に見たわ。あの子、本ばっかり読んで全く話もしてくれないのよ。」
「私が敦司さんに初めて会った時も本を読んでました。」
「本が好きすぎて、家よりも本が沢山ある、おばあちゃんの家に泊まることの方が多いし、でもねあの日、帰りの車で久しぶりに笑っていたの。」
私に本を貸してくれたからかな?
「私が敦司さんの本借りちゃったから読む本がなかったのかも?」
「本が無くても普段から無表情だから。家族の付き合いも面倒なのよ。きっと。」

竜宮婦人は葵の顔を改めて見て、
「あなたとの時間がとても楽しかったのね。まだ名前を聞いていなかったわね。伺ってもよろしいかしら。」
葵もあっ!と、婦人の方を向き、
「私は美貴さんの姪の白川葵です。家庭の事情でこちらでお世話になっています。」
「事情は美貴から聞いてるわ。明るくて元気ないい子。貴志君とは違って前向きね。」

ー貴志と違って?ー

葵が不思議そうな表情をしていると、
「今日は貴志君のお母さん、由貴の命日なのよ。」
葵は一瞬ぽかーんとして、
「えー!貴志、美貴さんの息子じゃないの?」

タイミングよく美貴さんが入ってきて、
「茜、葵にバラしちゃったの?もう少し内緒にしておこうと思ってたのに。」
「あらっ、内緒だったの?今日はゆっくりお話ししようと思ってたのに。」
美貴さんは少し顔を傾げて、
「そうね、今日は夕飯食べていって。葵もあとで少し時間を作って。」
葵が軽く頷き、茜さんは嬉しそうに家族に遅くなる連絡をメールした。
「そう言えば、茜今日4時(PM)と14時間違えたでしょ。学校あるんだからなんとなくでも気づかないかなぁ。」
「あらっ、4時(PM)だったの?ずっと待ってたのに。」
「まっ、いつものことだけど。気づいてあげれなくてごめんなさい。」

美貴さんがチラッと時計を確認して、
「そろそろ、車の準備してる時間だから、表にいきましょう。」

守おじさんの車に乗り、10分位すると墓地に到着した。
高嶺家のお墓は既に綺麗なお花も飾られていて、お墓の横には背中を丸めた貴志がポツンと座っていた。
貴志は葵に気付くと、
「なんだよ、結局葵も来たんじゃん。」
「ご苦労様」
美貴さんは貴志の頭を軽く撫でる。貴志は少しだけ寂しそうに笑った。

ーやっぱり、追いかけて貴志の話聞いてあげれば良かったかなー

高嶺家のお墓の前で手を合わせ、みんなで帰宅し、ちょうど裕人も帰ってきたから6人で夕飯を食べた。

夕食も終わりそうだったので葵が食後のコーヒーを淹れましょうか?と尋ねると、
「オレ、勉強あるんで部屋戻ります」
と裕人が席を立った。
「じゃあ、コーヒー3つね。」
美貴さん達はリビングへ移動し、ソファーでくつろぎ始めた。
「オレお茶でいい。」
貴志も立ち上がってソファーに移動した。

全員分の飲み物を用意して、リビングのテーブルに並べる。葵は一度立ち上がり、
「先に裕人さんの紅茶、お部屋へ届けてきます。」つと。
紅茶を運びながら、貴志の少し寂しそうな表情を思い出した。

ー知らなかったとは言え、悪いことしちゃったなぁ。親のいない寂しさは誰よりも知ってたはずなのに。ー

コンコン
裕人さんの部屋をノックする。
中から扉が開き、メガネをかけた裕人が葵の手元の飲み物を見て少しビックリする。

「おっ、ありがと。頼んでないのに悪いな。…もしかして、オレ逃げたのバレてる?」
「やっぱり、いずらかったんですね。」
葵は少し気まずそうな裕人を睨む。
「葵にも内緒にしててごめんな。」
「裕人さんなりの優しさだと思ってます。先日の"貴志なりに考えての行動"の意味もわかりましたし。」
「ハハハッ、オレそんなこと言ったっけ?」
葵は飲み物を渡し、もう一度裕人を見て、
「普段はコンタクトなんですか?ちょっとビックリしました。」
裕人はニコッと笑い
「オレ達も家族だからそろそろ敬語やめて、いろいろカミングアウトしよっか。」
「カミングアウトって。」
「とりあえず、明日から裕兄でいいから」
「はい、気をつけます。…気をつけるね」
少し語尾が棒読みになる。
「葵、紅茶ありがと。母さん待たせるとうるさいから」
「はい、戻ります。おやすみなさい。」

葵は空のお盆を持ってリビングへ戻った。

葵がリビングへ戻って、空いている貴志の横に座る。
美貴さんと茜さんは楽しそうにおしゃべりし、貴志は携帯ゲームをしていた。
守さんが、奥からデザートを持ってきて席に着くと美貴さんは葵の方を向いて、
「どこから話そうかしら。」と由貴さんの話を始めた。


美貴と由貴は親でも見分けがつかないほどそっくりな一卵性双生児だった。
ただ、美貴よりも活発でよく周りをびっくりさせる子だった。
2人は大学卒業後、双子の美人女将を目指して日々頑張って業務をこなしていた。母が病気がちになったころ
「だから双子は不吉なのよ」
突然の母の言葉に家族がバラバラになりかけて、優しい由貴はそうなる前に家を飛び出してしまった。
なぜか父だけは由貴の居場所を知っていたが…。

正式な後継ぎとして美貴が若女将になり、結婚もトントンに話が進んだ。
すぐに子供ができ、母が亡くなる前に孫の顔を見せることもできた。
ただ、出産して約1年、産後の無理も続き美貴はだんだんやつれていった。
そんな姿を見るに見かねて父が由貴へ手紙を送った。

母の葬儀の日、突然由貴が戻って来た。
父から手紙をもらってから家へ戻るか迷っていたらしい。
由貴のお腹は大きくなっていて、たまたま一緒にいた茜も出産を控えていて、
「由貴、私と一緒に子育てしよう!」って茜さんが背中を押してくれた。
由貴は四十九日が終わる頃荷物を持って家へ戻って来た


茜さんがクスクスっと笑い、
「その2ヶ月後、同じ日に赤ちゃんが産まれたのよ。」と。
「陣痛がうつっちゃったみたいに。本当にビックリだったね。」
美貴さんも懐かしそうに飲み物を一口。
「えっ、じゃあ2人は誕生日が一緒なんですか?」
「ふふふっ、今年は葵ちゃんもいるし、誕生日会楽しみだわぁ。」
「ん ︎私?」
守さんが葵を見て、"あきらめろ"と言っているふうに顔を横に振った。

「そういえば、どうして貴志に由貴さんの話内緒だったんですか?」
「隠すつもりはなかったのよ。最初は。」
「最初は?」
葵と貴志が同時に言った。
「どこに行っても仲のいい兄弟ねぇとか、お兄ちゃん偉いわねぇとか、毎回説明するのが面倒で。由貴自身一緒にいても気にしてなかったし。」
でたー、美貴さんの大雑把。
「貴志がもうじき3歳を迎える頃、由貴が母と同じ病気になって、やつれた顔を見せたくない、貴志の笑った顔見てたいって、私は由貴のフリをしたの。」
「裕人は5歳で、急にお母さん取られたって辛そうだったけどな。」
守さんが補足する。

「裕人は私に似てて、貴志は由貴に似ていたから、その流れで兄弟って事にしちゃったのよ。」
「葵が遊びに来てる時鬼ごっこでおばちゃんが瞬間移動したって泣いてたぞ。」
「私も騙されていたのね。」
「葵ちゃんが私をお姉さんって言ってくれなかったから、ちょっとイジワルをね。」
えー、そこ。やっぱり叔母さんって呼んだら…。

貴志は中学に上がる前の春休みにこのことを聞いた。騙していた訳ではないだろうけど、どう思っていたのか、葵がまじまじと貴志を見るから、
「まあ、しばらく口聞くのも話すのも、理由もどうでもいいって思ったよ。」
そういえば、茜さんは貴志はまだ前を向いていないって言ってたなぁ。
「何じろじろみてんだよ。母さんは、ずっと母さんだと思ってるし、これからも俺の母さんだし。」
美貴さんが少しなみだぐむ。

「貴志、今日放課後一緒に行かなくてごめん。」
「今更かよ、男1人で花買うとかちょー恥ずかったんですけど。」
貴志はまた携帯でゲームを始める。
ただ、少し顔が赤い気がした。

その日はそのまま他愛無い会話で盛り上がりいつもより寝る時間が遅くなってしまった。

♪〜
葵の携帯に美貴さんからメッセージが…。時刻は朝6時半
「朝だよ〜遅刻しちゃうぞ!」

旅館の朝は早い。珍しく寝坊して朝食の手伝いに行かなかった葵に優しい一言。
昨日は遅かったからそのまま寝てしまったのを思い出し、慌ててシャワーを浴びる。少し髪は濡れたまま食堂に向かう。

「貴志はいつも通りだけど、葵ちゃんが寝坊とは珍しいね。」
朝ご飯を先に食べている裕兄がつぶやく。
隣には髪を乾かさずに寝たのか、ニワトリのトサカのような跳ねた髪で朝ご飯を食べる貴志がいた。
「頭やばっ!」
「うるへー」
美貴さんが葵の朝食を持ってきて
「昨日はちょっと遅くまで話しちゃったからね。学校気をつけて行ってきてね。私は仕事へ戻るね。」
「今日はすみませんでした。」
美貴さんはふふふって笑いながらフロントのほうへ歩いて行った。
裕兄も食べ終わり、食器を片付けて、
「じゃ、オレも先に行くわ」っと

本当に遅刻するかもと、慌ててバクバクっとご飯を食べてると、
「葵、ゆっくり食え、自転車乗っけてやるから」と貴志が言う。
「えっ、二人乗り?…いや、やめておく」
周りの女子の視線が更に怖くなるわ。
「もう歩きは無理な時間だけどな。」
葵は時計を見て。
「はい、…無理ですね。…よろしくお願いします。」
「じゃ、タクシー代に葵のヘアスプレー貸して。」
葵は無言でカバンからヘアスプレーを出し、貴志に渡す。
シューシュー、
櫛を使って寝癖を上手にまとめる。
「よし、かんぺき!、5分後出発な。」
口に物が入っていて
「ふぁ〜い。」と返事する。

食器を返却し貴志と一緒に外に出る。
「学校の少し前でおろしてね。」
葵は少し強く言う。
「わかったよ。…でも、気にしすぎじゃね?ってか俺、全然そう思われててもいいし。」
「私は嫌!キモいから変なこと言うのやめて。」
「キモって…。そういえば、葵は自転車通学許可取らないの?朝少し楽になるぞ。」
「そうだね、道も覚えたし今度守さんに相談してみる。」

学校から2ブロックくらい手前で自転車を降りる。
一応周りに人がいないのを確認して、
「じゃ、先に行くな。スプレーありがとな。」
「こっちこそ、ありが…」とお礼を言ってる耳元で、
「葵って以外と胸大きいのなっ!また乗せてやるよ。」
お礼前言撤回。
「…馬鹿!」

ちょっと怒り気味に歩いていると、後ろから一台の自転車が、
「葵ちゃん、おはよう。」
自転車は葵の隣で止まり、敦司くんが降りて歩く。
「昨日は母がお世話になりました。」
「えっ、いえっ、こちらこそ、茜さんの話楽しかったです。」
どっかの馬鹿と違ってやっぱり紳士的で優しい。
「あっ、先日借りた本、とても面白かったです。ありがとうございました。」
「もう読んだの?早いね。」
「あっ、でももう少し借りていていい?少しメモしたかったから。」
「いつでも大丈夫だよっ。次の本ピックアップしとくね。」
「ありがとう。期末テスト終わったらまた貸してください。」
「あ〜っ、テストか、転入だと範囲違うからやっぱりキツい?」
「そもそも、あまり出来が良くないので…。」
そんな話をしてるうちに学校に到着。
「じゃ、自転車置きに行くからまた!」
敦司くんは反対方向に。

教室に入ると、
「俺はダメでも敦司は気にしないんだ。」と貴志に言われ、
「普段の信用度が格段に違うからね。」
と答えてみた。
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